ある企業の売上が昨年よりもこれだけ大きくなりました。という話が我々の生活や人生にとって何だというのだろうか?
「正しい」情報や考え方を可能な限り不特定多数に拡散することの虚しさや無意味さを今人類は学んでいる最中だと言えるのかもしれない。
そういう行為に血道をあげるのではなく、特定のテーマに対してそれを最大公約数的に共有できる人々の間でそれを極限まで高め洗練してゆくことの方がはるかに有益であろうと知ること。
同じものをできるだけ多くの人にできるだけ安い価格で売り、それによってより多くの利益を企業体が追求するという経済行為が人類全体の共益になり得るという経済論理がもはや個々人の幸福には何らつながっていないということが明らかになっている、ということと本質的には同じ意味ではないか。
経済人は自分たちの売上向上に奔走しているがその結末がその国民の全体の生活をあるいは文化文明それ自体すら相対的に疲弊させているという現実を我々は目の当たりにしているのである。

