Close Menu
  • ホーム
  • 公開日順
  • 日本文明・神社・神道
  • 文明論
  • 直観・霊感的
  • 神社巡り
  • 政治・国際関係・経済
  • 日本史
  • 世界史
  • 文化・文芸的
  • 動画紹介
  • コラム
  • 魂降日記について
  • お問い合わせ
  • 利用規約
  • プライバシーポリシー
最新記事

「魂降日記」の目指す文明モデル(3)- ≪GPT-6 ASTRA≫による

令和8年9月11日

「魂降日記」の目指す文明モデル(2)- ≪GPT-6 ASTRA≫による

令和8年9月11日

「魂降日記」の目指す文明モデル(1)- ≪GPT-6 ASTRA≫による

令和8年9月11日

日本以外の古代多神教文明が全て滅んだ理由についてのノート

令和8年9月8日

ロシアの暴発的選択肢について

令和8年9月4日
Facebook
魂降日記魂降日記
Facebook X (Twitter)
  • ホーム
  • 公開日順
  • 日本文明
  • 文明論
  • 言霊
  • 神社巡り
  • 歴史と政治
    • 日本史
    • 世界史
    • 政治・国際関係・経済
    • 政治・国際関係・経済(公開順)
  • コラム
  • 文化・文芸的
魂降日記魂降日記
Home»コラム

ダビデの家紋

平成25年2月3日 コラム
山鹿 毛利家家紋
Share
Facebook Twitter LinkedIn Pinterest Email

先日、家系の話になった。父方は毛利と言うが、一番古い墓は、熊本の山鹿という山奥の町にある。元禄時代頃のものだ。どういうわけか、女性の墓で、男性のほうは、家系図では、「毛利不詳(士族)」とのみ記載されている。一番古い墓には今使っているものとは全く違う家紋が刻印されており、それは写真のようなダビデの紋章に分銅紋が入っている。このような家紋は見たことがない。この写真を見せると皆驚く。親戚の者も誰も知らず、私が初めて気付き、実際に熊本在住の親戚が確認しにいったりした。

家系調査の専門家によると、江戸時代までは夫婦別姓が多く、もしかするとこの家紋は妻方の実家の家紋で、隠れキリシタンだったかもしれない。九州地方には多い。とのことであった。

江戸期は、庄屋として、細川藩の指定鋳物工場として鍋や鉄砲の玉を作ったり、酒蔵など多角経営していた。寺をいくつも建てたり、随分羽振りが良かったようだ。

戦国期から関ヶ原までの期間、九州には、福岡に2大名(久留米―毛利秀包、小倉-毛利勝永)、大分に1大名(佐伯―毛利高政)、毛利氏を名乗る大名の領地があったが、関ヶ原以降福岡の2大名はなくなった。内、福岡の1大名、大分の1大名はキリシタン大名であったから、もしかするとそのあたりにつながりがあるかもしれない。

自分の毛利は、上記3系統か、戦国期に中国地方(広島)から瀬戸内経由で愛媛に渡り、そこから大分方面に移動した系譜があることが最近分かり、これら4系統のうちのひとつであろう。ちなみに現在の家の家紋は、大分の1大名のものと同一である。しかし、この家紋は、一番古いところから数代後に使用された家紋で出所が定かでない。江戸期まで残った九州の毛利姓の大名は大分のみという理由から使ったのかもしれない。

この毛利は、尾張系の毛利(森)氏で秀吉の家臣であった。尾張には、かなり以前から毛利(森)を名乗る系譜がある。今川義元の首級を挙げた、毛利新助、また彼と同一家系かもしれないのは、森蘭丸、秀吉の家臣で毛利高政、秀頼の介錯をしたとされる、毛利勝永など。調べたところ、室町期に尾張にも毛利氏の所領があり、そこに居住していた者があることが分かった。その系譜が信長や秀吉の家臣になっていったのかもしれない。

森姓毛利氏は、一般的には、戦国期、毛利輝元から「森も毛利も同じような呼び名だから、毛利と名乗れ、と名を賜った」とある。しかし、毛利新助に関してはそれ以前から、毛利姓を名乗っていたようである。この辺良く分からない。一家臣の歴史などあまり詳しく残ってはいない。ましてや、信長や秀吉など消えた戦国大名達の家臣の歴史は極めて曖昧である。

福岡の1大名は、毛利秀包。毛利元就の九男。秀吉に人質に出され、その際に秀吉の秀の字を賜る。久留米藩の藩主で、大友宗麟の娘を嫁にするが、かなり熱心なクリスチャンで、彼も改宗したという。しかし、元就はキリスト教が大嫌いだった。

ところで、母方はど真ん中の徳川家康系なのだから、さながら家の中は関ヶ原、というところである。まったくいつも喧嘩ばかりしていた。

さて、自分の毛利の系譜がどの系譜なのか。これまで数十年、いくら調べても分からない。しかし、いつもこの家紋のことが気になって仕方がないのである。

関連タイトル

コラム

タモリ的時代の終焉

令和8年1月21日
コラム

蟻鱒鳶ル(アリマストンビル)

令和6年12月3日
コラム

「もうこれで終わりかなー。」その少し先に見える世界

令和6年11月22日
コラム

山口の魚を直送 西麻布 もぐら

令和6年10月29日
コラム

会津と山口の料理を扱う蕎麦屋 神楽坂 和み

令和6年10月20日
コラム

内幸町 大吉田

令和6年8月21日
最新投稿

「魂降日記」の目指す文明モデル(3)- ≪GPT-6 ASTRA≫による

令和8年9月11日

「魂降日記」の目指す文明モデル(2)- ≪GPT-6 ASTRA≫による

令和8年9月11日

「魂降日記」の目指す文明モデル(1)- ≪GPT-6 ASTRA≫による

令和8年9月11日

日本以外の古代多神教文明が全て滅んだ理由についてのノート

令和8年9月8日

ロシアの暴発的選択肢について

令和8年9月4日

月の時代から太陽の時代へ 地球の波長と日本の波長が合致した日

令和8年8月16日

靖国神社 令和八年八月十五日 午前七時十五分

令和8年8月15日

船霊(ふなだま)について

令和8年8月12日

八代宮 ー 祭神 懐良親王(後醍醐天皇皇子)

令和8年8月4日

令和八年七月 鹿島神宮「神道(しんどう)を通す」

令和8年7月25日
© 2026 Tamafuri Nikki
  • 魂降日記について
  • プライバシーポリシー
  • 利用規約
  • お問い合わせ

検索したい文字を上のボックスに入力してエンターキーを押してください。検索ボックスを消すばあいはESCボタンを押してください。

Go to mobile version