これから記載する内容は、一つ一つのテーマだけでも何冊かの本になるくらいの内容を含んでいる。今回できるだけ短くしたが、本来はもっと詳細に研究が必要な項目である。ヨーロッパの記憶 昨日、あるルーマニア人を接待することになり、二人で数時間さまざまなことを話した。彼は、日本へ初めて来た。食事中、彼は私に質問してきた。
1970年(昭和45年)11月25日、三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地で、“七生報国”(七たび生まれ変わっても、朝敵を滅ぼし、国に報いるの意)と書かれた日の丸の鉢巻をし、雄叫びを上げながら自決した。その少し前、1970年(昭和45年)7月7日の新聞紙上で、『果たし得てゐない約束』という文章を寄稿している。
高千穂と言えば、宮崎県の高千穂を思い出すが、宮崎の高千穂は、鹿児島の霧島連山の高千穂峰が見渡せる場所ということで付けられた地名だと聞いた。 前回記載した、吾平山上陵と、そして高千穂峰下の霧島神宮旧宮址(高千穂河原)を訪れた時、自分にとっての神道最重要地を霧島に定めることにした。
あれは2010年頃のことか。東日本大震災の起こるおよそ一年前ほどになる。なぜか朝鮮半島のことが気にかかり、新潟県から石川県にかけての神社をめぐり、国土安穏の祈願巡礼を始めた。 当時はまだ金正日の時代だったが、やはり核兵器の問題などがあって、漠然とした不安。しかし強い不安と懸念が渦巻いた。
子の日 丑の方角へ。 溜池に久國神社があ…
夜の歌舞伎町や銀座には、日夜熾烈な心理戦…
秘密情報保護法について論議がある。 もし…
溜池の山王日枝神社の門上に掲げられている…
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