自主憲法制定をどうすべきか。ひとつひとつの項目について細部にわたりどうあるべきかまではまだ検討していないが、骨子となる部分については概略考えていることがある。1.日本国憲法の破棄 前回記したように、第二次世界大戦における日本の敗戦により、進駐してきた占領軍による、占領国統治を主要な目的として作成、制定された日本国憲法は破棄される。

これから文章を書くにあたりまず言っておきたいことは、私は全く反米主義者ではない。むしろ彼等は、彼等の立場から実に上手くやっていると思っている。彼等は優秀であり、共に歩む相手としては今のところ最善であると思っている。問題の核心は日本人にある。これは私の戦後政治解釈における基本的なスタンスである。

これからは中国の時代だ、という論説がさかんになされた時期があった。今は少し下火になっているが、西洋世界の主要な論説には、依然として将来的な展望に中国の時代という選択肢を重要な将来予測の一つとしている。

ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は共に旧約聖書を聖典としている。ユダヤ教では、終わりの日に現れるという救世主は未だ出現していないとし、キリスト教はイエスキリストをもって救世主とし、イスラム教はマホメットを救世主であるとする信仰の形態である。しかし、それは全て旧約聖書に預言されている記述に基づいている。

モーセなどが一族を指揮する族長の時代から、神から指名され種族を守護する役目を担う師士の時代を経て、強力な軍隊を持つ他国の軍隊から自らを守るために、民衆は王の出現を臨む時代へと移行する。初代王サウルとの戦いを経て、民族を統一したダビデは、ペリシテ人の手にあった神の箱を自分の町へ持ち運び、神殿を建設しようとする。

10年程前、ハンガリーのブダペストに行った。市内中心部に、Dohány Utcai Zsinagógaという、世界で3番目に大きなシナゴーグがる。あまり深く考えることもなく中へ入った。祭壇を正面から眺めていると、見慣れた文様が突然目に入った。まぎれもなき菊の御紋章であった。私は思わず堂内のユダヤ人女性に聞いた。

旧約聖書『出エジプト記』第三章。エジプト人からの奴隷状態にあったモーセの一族を見たユダヤの神は、ある時モーセの面前に現れた。神はモーセに言われた、「わたしは有って有る者」また言われた、「イスラエルの人々にこう言いなさい、『「わたしは有る」というかたが、わたしをあなたがたのところへつかわされました』と」(旧約聖書『出エジプト記』第三章より)

ハワイ王国の第7代国王 デイヴィッド・カラカウア[/caption]先の文にて、西洋、とりわけユダヤ・キリスト教文明と日本との関わりについて述べた。しかし、日本の位置づけはそれで終わらない。時は幕末から明治初年。明治政府は西洋列強とユーラシア大陸側からの圧力をうけながら、自国の保全に力を奪われていた。その時、はるか東、太平洋の真中の諸島の王国から一人の王が明治天皇を訪れた。