信じるか、信じないかで、救われるか、救われないかを厳密に区別するのが宗教であるとすると、神道における重要事の一つに「関わる地域又は土地」ということがある。
霊魂を鎮座させるということ。先述の『日本文明の構造を来るべき世界文明構築の基礎とする』図1で示したように、旧文明の宗教と神道の違いの最大の特徴はここにある。

日本仏教は葬式仏教ともいわれるが、仏教の発祥地インドにおいては、墓はほぼ存在しない。インド発祥の宗教は仏教を含め、輪廻転生の思想があり、死ねば魂は肉体から離れるという視点から、死体を重視しない傾向がある。従って、仏教=葬式=墓と言った在り方は、日本における固有の状況である。

仏教はそもそもインドにおいて、ゴータマブッダが、人間に存在する煩悩、執着、業を脱して、人間の魂として再び現れない、あるいは六道輪廻のループから脱するための修練法を解き明かしたことを始めとしている。所謂「解脱」のためのプロセス法である。

では非宗教の現代を経て再び宗教は勃興するのか?先の文章で「文明の構造」であるとして諸宗教の構造を書いたが、あれは単に宗教的構造を語っただけではないかという人もいるだろう。しかし、世界史に登場する文明のほぼ全ては宗教的な価値観を軸にして成立している。

日本文明の構造を明確に図示する。これを世に出すのは初めてのことであり、日本文明の構造と、それが次代の文明に果たす意義を図にしたのは過去にないのではないかと思っている。本日、平成から新たな御代を迎えるこの年の始まりにおいて、私自身、この十年ほどあたためてきた日本文明の神髄を図によって、始めて公開する。

狐というのは西洋では聖なる動物のイメージがあるらしい。境内は超満員だが西洋人の観光客も非常に多い。京都の伏見稲荷と同じである。西洋人や中国人の観光客の多くが、狐の面を頭につけて歩いている。