呉善花さんの日本と神道 「水に流す」と「恨」の文化の狭間で

先日、DHCテレビでの呉善花さんの出演する番組を見た。

彼女は済州島の出身だが、徹底的な反日教育を受けて育ち、日本に来た。ただし親は戦前の日本のことについて悪いように言うことはなかったという。

しかし、日本に良い印象を持っていなかったのに、何故、日本に来たんですか?と百田さんが大阪のおっさんぽく、歯に衣着せぬ物言いで聞いていたが、当時は韓国から外国に出国することが難しい時代で、日本経由でアメリカかカナダに行くつもりだったらしい。

はじめは日本人の行動心理というか何故こういう言動をするのかというようなことが理解できず、悩んだと言う。そのあたりの経緯は彼女の著作「スカートの風」等に詳しい。

ある日、日本のサラリーマンたちが韓国について語る会のようなものがあるというので参加したらしいが、その際、韓国の歴史についてさんざんひどいことを言われ腹がたったらしいが、その辺が自分の国の歴史についてもっと知ろうと思ったきっかけだったという。

彼女が日本人の心がどうしても分からず、どうしようかと悩んでいた時、神社に行ってみようと思ったという。

それまで分からなかった日本人の心が神社に行くにつれてようやく理解できたという。

かく言う自分はもちろん韓国人ではないが、やはり戦後世代の日本人として、若い頃は日本のこと、日本の文化文明について確とした価値意識も重要性も感じていなかった。

20代の半ば頃にあるきっかけで神社に非常に興味を抱くことがあった。

それ以降その魅力に惹かれていったが、自分も神社神道の魅力や価値というものに目覚めることがなかったら、多くの現代日本人と同じく、自らのアイデンティティーが曖昧なまま、大して日本という国に愛着を抱くこともなく、外来の文化を「優遇」する人生を送ったことだろう。

日本を知るには、やはり神社あるいは神道しかないと自分は思っている。

仏教的な価値観というものも、日本の文化に溶け込み、無常であるとか、魂の流転循環と自然の流転循環との融合という、日本的な仏教的解釈に昇華し、我々の感性を豊かならしめていることは事実である。

しかし、そういうことも含めて、日本人の起点、原点に神社神道があるということは間違いのない事実である。

韓国人にも、彼女のような人が多ければ両国は上手く付き合っていけるであろうと思うのだが、現実は厳しい。彼女の話を聞いているとつくずく思うが、根本的な部分で、日本人と韓国人(朝鮮人)は全く違う価値意識を持っているということだ。そういうことをよくよく理解してつきあう必要がある。

「いろいろ問題はあっても、誠意を見せてしばらく我慢してつきあっていけば、いつか分かってくれるはず。過去の食い違いは、お互い水に流して、これからはすっきりと行こうじゃないか。よーし、この話はこれでもう終わりだ!」

日本人の人間関係にはそういうところがあるが、彼等には全くそういう感性が存在しないということだ。

彼らは「水に流さない」。

呉善花さんのような人がいて、いろいろ教えてくれることは、「国際音痴」の日本人には非常に貴重なことである。

https://youtu.be/z9UOuD7w-YE

日本人の情報リテラシーの極端な漸弱さについて想う

日本人は世界の中でも突出して情報リテラシーが欠けていると言われるが、この点だけは、どれだけ口を酸っぱく言われても改善することがない。

振り込め詐欺のような安易な詐欺でも多くの人が簡単に騙されるが、ああいうものも日本特有の現象かもしれない。

最近はネットが普及して若い世代にはそれなりに情報に対する認識が変わってきているけれどまだまだ危うい。

昨日、「天皇制」という言葉の語源は日本共産党の綱領に始まるということについて書いた。

今現代のわれわれ日本人には、共産党の革命思想など、もう過去のことであり関係ないと思う人もいるだろう。しかし、共産党というのは、世界中で情報を共有する。

日本共産党の影響力がどの程度かはさておき、これらの情報は、中国共産党や朝鮮労働党も共有する情報であることを知る必要がある。

彼等の対日工作というものも、昨今多くの人が知っているように、昨日書いたような、マルクス主義史観に添った「戦前日本悪玉論」に添って展開されている。

今年の8月米国議会「米中経済安全審査委員会(USCC)」において、「中国共産党の海外における統一戦線工作」と題する報告書が発表された。

このレポートの前後以降、米国は政府も議会も含め極めて対中強硬策に変じていることを知る必要があるだろう。

これについてレポートされている、ネット上の情報から概要を転載しておく。

以下。

中国共産党の統一戦線工作の特徴として「3つのD」、すなわち偽装(Disguise)・欺瞞(Deceive)・堕落(Deteriorate)が挙げられる。

1. 偽装(Disguise):中国共産党の官僚やスパイは偽装工作に長け、様々な肩書を使い分ける。こうして彼らはうまく他国に浸透し、各業界と関係を構築しパイプを作る。

2. 欺瞞(Deceive):関係を構築したのち、中国共産党のスパイらは各国の政治、商業、軍隊、学術界などのキーパーソンを取り込む。名誉や利益、ハニートラップを駆使してキーパーソンを買収もしくはコントロールし、中国共産党にとって有利となるような言論を発表させる。同時に、中国共産党にとって不利となるような言論や政策を阻止させ、共産党にとって好ましくない人物を妨害する。このような工作を行うスパイらは、時には違法行為も厭(いと)わない。

3. 堕落(Deteriorate):統一戦線工作の「トロイの木馬」による浸透が奏功した後、スパイらは継続的に様々な不道徳的な手段を活用して買収工作を行い、さらに多くのインフルエンサー(影響者)を取り込む。取り込まれた人物らには中国共産党の利益となる言論を広げさせ、中国共産党が当該国で勢力を拡大できるような政策を制定させる。こうしてその国は政治や経済面において中国共産党にバックドアを開き、ますます堕落し、弱体化する。こうして中国共産党はその国における影響力をますます増大させ、ついには支配する目的を達成することができる。

(livedoor news「米国が暴いた中国共産党の実態 各国への内政干渉は「最大の脅威」」より http://news.livedoor.com/article/detail/15266712/)

以上

現代においては、「暴力革命」などというリスクの高いことをしなくても情報戦を駆使した「人間の囲いこみ」による、21世紀型侵略というものがある。

彼等は、その国において影響力のある集団や人物に対して、「平和」「友好」などという言葉を駆使して近づき、さまざまな手段を用いて取り込む。今現在の日本においてもすでに、政界、官界、メディア、学会、財界などに浸透している。

米国議会において、これらの実態が白日の下にさらされたことにより、米国のみならず、欧州や豪州においても、これまで極めて親中的であったドイツにおいてさえも、中国に対し極めて厳しい態度に転じている。

日本ではそれほどの変化はないが、最近の入管法の緩和などを通じて、その中に多くの「細胞」が紛れ込む危険性が増大しており、注意が必要である。

「天皇制」と言う言葉は日本共産党の造語である

天皇制と言う言葉を今現代の私たちは普通に使用しているが、この言葉は本来戦前期における日本共産党が、打倒すべき体制としての「天皇制」という意味において使用されたのを発端としている。

その言葉の明らかな初出は、日本共産党綱領となる、「32年テーゼ」(1932年ー昭和7年)の中にある。32年テーゼは、正式には、「日本に於ける情勢と日本共産党の任務に関するテーゼ」(日本共産党中央委員会)と言われるものだ。

(前略)
― (中略)日本が資本主義の軌道に移行せる際に天皇制ー反動的な半封建的官僚と大土地所有者とーが勝利したことは、帝国主義列強に対する日本の不平等な地位(高圧的条約)を廃除せんための初期の闘争をば、弱い隣接民族を略奪するための闘争という形態を取らしめ、近代的日本帝国主義の強盗政策のために道を拓く結果となった。
(中略)
四、日本の共産主義者は、外部に対する日本帝国主義の侵略性と、その国内政治との間に於ける不可分的な関連外部に対する帝国主義的強盗戦争や、植民地の奴隷化と国内に於ける反動との間に於ける不可分の関連を理解せねばならぬ。日本帝国主義は戦争の道を進みつつ、軍事的=警察的天皇制の支配制を、勤労者に対する前代未聞の専制と暴力支配との統治を維持し強固にし、農村に於ける農奴的支配を強化し、大衆の生活水準を尚これ以上に低下せしめんと志している。

 戦争は必然的に国内の階級対立を極度に先鋭化している。それは日本のプロレタリアート及びその共産党に、戦争反対の闘争を労働者農民及び一切の勤労者の最も緊急な日常利益の為の闘争、彼らの経済的及び一切の奴隷化に反対する闘争と結びつけ、かくして帝国主義戦争を内乱に転化し、ブルジョア=地主的天皇制の革命的転覆を招来することの任務を課している。

以上

自らの思想的枠組みに、日本の状況を暴力的に投げ込んだだけの荒っぽい理論構成にはあきれる他はないが、こういう言葉がいかに日本の歴史や価値観にそぐわないかもよくよく理解できる。

しかし、これらの思想が戦後日本の戦前歴史観とほぼ相違ないことを考えれば、戦後の歴史観が如何に「赤い」思考に塗りこめられているかが理解できるだろう。

戦前の日本を「悪者」扱いするために、占領軍としては、彼らの理屈を利用するのが都合が良いと考えたに違いないし、そういう考え方に左翼勢力が乗っかったというのも間違いのない事実である。

西洋列強の植民地帝国主義への抵抗力としての明治以降の日本政府のあり方を明示するのは西洋社会にとっては「気分のいいもの」ではなかった。

知識のない者に、こういう言葉を毎日叩きこませれば、事実や現実がどうあれ、そうだと思い込むものもいるだろう。

しかし、こういったマルクス主義的思考人種がその後、「革命的階級闘争」などと称して、世界中で一億人にのぼる人間を自国内において虐殺した事実を忘れてはならない。この歴史的大罪に比すれば、ナチスドイツのユダヤ人虐殺ですら赤子のレベルに思われるのである。

戦争で他国と戦うことよりも、自国民を虐殺することの方が数千倍残虐な行為に、私には思われるのだが。

このように見て行くと、自分のような天皇を日本文明の重要な柱であると位置づける人間が使用すべき言葉にはあらず、ということだ。

ちなみに、日本共産党であるが、「警察庁」のホームページによれば、明確に危険な集団であり、今現在も監視対象とする必要あり、と明記されている。

以下の文言をみれば、彼らをして「平和」の党などということが全くの欺瞞であることは論をまたない。

「日本共産党は、同党の革命路線についてコミンフォルムから批判を受け、昭和26年10月の第5回全国協議会において、「日本の解放と民主的変革を、平和の手段によって達成しうると考えるのはまちがいである」とする「51年綱領」と、「われわれは、武装の準備と行動を開始しなければならない」とする「軍事方針」を決定しました。」

「昭和36年7月、第8回党大会が開催されました。そして、同大会で「現在、日本を基本的に支配しているのは、アメリカ帝国主義とそれに従属的に同盟している日本の独占資本である」とする現状規定や、民主主義革命から引き続き社会主義革命に至るという「二段階革命」方式等を規定した現綱領を採択しました。
 また、両党大会や綱領論争の過程における党中央を代表して行われた様々な報告の中で、革命が「平和的となるか非平和的となるかは結局敵の出方による」とするいわゆる「敵の出方」論による暴力革命の方針が示されました。」

「日本共産党は、平成12年11月の第22回党大会で、規約前文を全面削除する大幅な規約改定を行い、「労働者階級の前衛政党」、「人民の民主主義革命を遂行」、「社会主義革命をへて日本に社会主義社会を建設」等の革命を連想させるような表現を削除しました。しかし、「科学的社会主義を理論的な基礎とする」との党の性格や「民主集中制を組織の原則とする」との組織原則は、「党の基本にかんする、規約として欠くわけにはゆかない部分」として条文化しました。
 引き続き、16年1月の第23回党大会で、昭和36年7月の第8回党大会で採択して以来5回目となる綱領改定を行いました。
 改定の結果、マルクス・レーニン主義特有の用語や国民が警戒心を抱きそうな表現を削除、変更するなど、「革命」色を薄めソフトイメージを強調したものとなりました。しかし、二段階革命論、統一戦線戦術といった現綱領の基本路線に変更はなく、不破議長も、改定案提案時、「綱領の基本路線は、42年間の政治的実践によって試されずみ」として、路線の正しさを強調しました。」(以上、警察庁HPより転載)

以上のように書かれており、結論として次のように結んでいる。

「このことは、現綱領が討議され採択された第7回党大会から第8回党大会までの間に、党中央を代表して報告された「敵の出方」論に立つ同党の革命方針に変更がないことを示すものであり、警察としては、引き続き日本共産党の動向に重大な関心を払っています。」

転載元:暴力革命の方針を堅持する日本共産党(警察庁HP)(https://www.npa.go.jp/archive/keibi/syouten/syouten269/sec02/sec02_01.htm)

創造の源泉に繋がるプロセス

歴史をつぶさに見た後、さらに歩を進めるにはどうするのか。

それは、

「繋がる」

ということだ。

己に関わる、神々や魂。

それは、今自分が暮らしているところにある神社に祀られている神かもしれない。

自分の先祖や故郷に関わる神社に祀られている神々かもしれない。

古事記・日本書紀に現れる神々なのかもしれない。

それが何かは自分で探し求めなければならない。

そしてそれが見つかったならば、それと「繋がる」ということだ。

「全身全霊一対」ということだ。

そしてそれは己の「限界突破」に繋がるだろう。

自分という小さな、限られた「思考」や「経験」や「価値意識」を超越した意識が己の魂に流し込まれる土壌を作ることになるからである。

それ以前の人は、自分という小さな殻の中で、ああでもない、こうでもないと自問自答するだけの存在として終わり続ける。

無限の知識を己の魂に流し込む。その源泉をおのずから見出す。

これが「創造」を得るということであり、その源泉と繋がるいうことである。

日本人はこれから何を求めて生きていけばいいのか

さて、今日は、これからの日本人の指針について話をしたい。

この百年ほどの期間、世界は西洋的な価値観を最高のものとして生きてきた。

事実、それは力・政治・経済・技術の上でも結果的に成功を収めたことは疑いがないだろう。

しかし、それらの価値観を振り回しても、まるで虚空をつつきまわすがごとく感じるようになったのは、たかだかここ十年ほどのことであろうか。

21世紀に入った段階で確実にそういうことになっていたと思われる。

2001年の同時多発テロの時がもしかするとその決定的な分岐点かもしれない。

なぜか、あれがそうなのか。その理由は今は分からない。

フランス革命以降、あるいは、その淵源にルネッサンスも含むのであるとすると、.それらの西洋的価値意識というものが、ここに至りついに「空回り」を始めたのである。

しかし、その発端をさらに辿れば、日本の明治維新に行き着く。

それから、およそ150年。

第一次世界大戦から第二次世界大戦の間の前後の期間には、「西洋の黄昏」ということが彼等自身の言葉から発せられ、自らを否定するニーチェの思想なども起こった。

しかし、それでもまだ西洋の力は衰えず、欧州から北米にその力を伝播したのである。

作今の移民や難民問題。それらに関わる自らの文明不安定~崩壊の危機の発生。にもかかわらず、いまだ主流の勢力は自らの基本的な価値観によって自らが栄えることが可能だと信じ、さらにその拡大を模索する。

そして、トランプの登場。

これこそが、まさに西洋文明の拡大的な価値意識の終焉を象徴している。

もはや自分達の価値意識を無限に拡大することが不可能であると、彼等の、西洋人の、集合的無意識、あるいは、ある種の言い方をすれば、西洋人的の霊的集団からなるものたちがそれを悟った瞬間であろう。

明治以降に培われた西洋かぶれの日本人達の価値意識というものは、もう時代遅れだから、そろそろそれを脱ぎ捨てるべきではないか。

では、それを脱ぎ捨てて後、一体私たちは何を「規範」とするのか。

その疑問に対する回答は極めて簡単である。

「おのれの歴史そのものをつぶさに見直す」

日本人のこれまでの歴史的な過程。そこから生み出されたさまざまな価値観。

それらをしっかりと見ていく。見直すことでさまざまな長所を見出すだろう。

それを、個々人が生まれながらにある能力や才能、興味に照らし活かしていく。己の能力や才能や目標や興味の中に流し込んでいく。

それだけでいい。必ず見出せるはずだ。

それが、この国を豊かにし、もともとあった日本人の笑顔を取り戻すことになるだろう。

そして、最終的に、それが世界が最も求めていたものの神髄の一つを現すことになる。

これこそが日本人が求める確実なプロセスだ。

本質は全て自らの血肉のうちに見いだすことができる。

世界を変える力は意外にも自分の足元にあるということである。

この言葉を信じるべきだ。信じるに値する言葉であり、全てを活かすに足る。

今、全てはおのれの足元にあるということを。

パラダイムシフト

高学歴な人は、その時代の価値意識を最大限に脳みそに吸収して成功する。

だから、その価値意識を捨てることが難しいのである。

例えそれが、もうダメだと感じていてもそこに執着するものも多数いるだろう。

フランス革命以降の人類共通の価値意識として発展してきた、近現代社会の価値意識

「自由・平等・博愛」

これに加えて、「人権」という。

この4つの単語だけで世界をコントロールできる時代は完全に終焉を迎えている。

むしろこの4つの言葉を活用した「詐欺」が横行するのが現代であろう。

どれほど、有効な価値観も時代が変われば、「悪」となる。

善極まれば、悪となる。

これこそが、歴史の教訓であろう。

まさに今その時を迎えている。

それを悟りいち早く「衣替え」できるだけの優れた見識のある人材が多数出ることのできる社会や国家が次の時代の文明や価値意識を主導することができるのである。

将門首塚

まだ日本興業銀行が倒産する前に、同じ敷地内の銀行社屋の隣にあった三井物産に一年ほどいたことがある。

敷地内の池にカルガモ親子が住んでいてテレビで話題になっていた。バブル崩壊直前のイケイケドンドンだったが、首塚はそんな時代に取り残されている感があったように記憶している。

この二つの建物の真ん中に将門首塚がある。不思議なことに両社屋とも現在建て替え工事中である。

当時の首塚は、今よりもずっと暗く、ただ敷地内に墓石がそのままあるに過ぎなかったが、数十年ぶりに行ってみると、暮石には厳重なガラス張りで保護されている。

また建築中の落下物が落ちないように鉄骨組みで養生されており、観光客も多くて以前より落ち着いた感じである。

この地は伊達藩のお家騒動(伊達騒動)があった場所でもある。

天津祝詞一唱

日本の農地は10年後以降に大変動する

地方を車で走っていると、誰しもが確実に感じることがあるはずである。

「誰もいない」

十分走っても人がいない。

普段東京にいるから気づかないが、こんなにも人というのはいないものかと。

ごく稀に人影を見かける。

田畑で農作業をしている。

しかし、そのほとんどが高齢者である。70前後か。

「あと十年したら日本の農地の大半が休耕地になるんじゃないか」

確実にそうなるだろう。

問題はその時どうなるかだ。

これはほぼ確実に、そうなるだろうと思うが、農業は集約型に移行するだろう。

しかしそれを、「外資」がやるなら悲劇である。イオンやドン・キホーテがやるのはまだ良い。三井・三菱やトヨタがやっても良いだろう。

日本の行政は護送船団でも何でも良いから、国家として農業を守っていくという方向を、今の段階から考える必要があるだろう。

伯耆国 二ノ宮 大神山神社

二ノ宮が一ノ宮よりも栄えているということはしばしばある。

大山を御神体とした神社で、ご祭神は大国主命ということになっているが、あまりそういう感じはしない。本来の霊山信仰から出来た神社であろう。

自分がここ数年見てきた中で、霊山、すなはち霊的であると感じた山は、大山と鳥海山かと思う。他にもあるかもしれない。しかしこの二山がこれまでのところ特に印象的である。

その山容を見た瞬間、手を合わせたくなる山。

「なにごとの おはしますをば しらねども かたじけなさに なみだこぼるる」

とは西行の伊勢神宮参拝の句であるが、霊山にもそれがある。山には「畏怖」の感覚も加わるだろう。

大神山神社奥宮本殿は、権現造の神社本殿としては、日本一の大きさ.であるという。

典型的な修験との習合神社であり、江戸期までは神仏習合しており、神社下には大山寺という寺もあり、寺下は行者が寝泊まりする宿坊街があり、今でもその面影を残している。

写真では分かり難いが、本殿は横長で非常に大きく、正面左側には、摂社下山神社の社殿があるがこれも立派な作りであり、境内までの山道を含め重厚な面持ちである。

後醍醐天皇は隠岐脱出後、当社にて鎌倉幕府打倒の祈願をしたという。