大正期までの東京京橋の橋柱。昭和初期頃まで日本語にはいまよりも微妙な子音的な発音があった。

この「きゃう」も現代的には「きょう」だが、実際には「や」と「よ」の中間くらいの発音だったはずである。

父親の名前は「かんだ」と言うが、生前「くわんだ」が正しいとか言っていた。これも実際には「か」と「くわ」の中間的な音だろう。

その他にも、「ゑ」も「いえ」と「え」の、「ヲ」は「を」と「うお」の中間など。現代の日本語は単純に母音だけが強調される発音に変化した。それもここ80年以内くらいのことである。

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