今日は建国記念日。私の出産予定日は、2/11だったが1日早まった。両親共に生前、「今日は紀元節だな」と言っていた。
戦前は紀元節と呼んでいたからであろう。紀元節とは神武天皇即位の日。参拝する神社としては橿原神宮が最も適当なところであろうか。
また大日本帝国憲法の発布日でもある。明治神宮も良いかもしれない。 昨日部屋の整理をしていたら、父親と私の古い靖国神社のお札が出てきた。同時に相当古い日光東照宮のお札も。
狙ったわけではないが、早朝に靖国神社へお札を納めに行った。父親としては海兵の同期が数多く祀られている神社なのだから、その思いはかなりのものかと思いきや、それほどでもなさそうであった。
しかし、終生靖国神社の崇敬会と東郷神社の東郷会に入っていた。
靖国神社は「付き合いだ」と言っていたが、東郷会はそうでもなかったらしく、他界する数年前のある日、「おい、お前これ(東郷会)を引き継いでくれんか。」と私に言った。
その一方である日、私が靖国神社から送られて来たお札を、「お札が来ているよ。開けてお祀りしようか。」とその封筒に触れた途端、目が鬼のように開き、凄まじい形相で、 「それに触れるな!それは俺のものだぞ!」 と怒り狂った。
非常に面食らったことを憶えている。あの異様な反応は一体何だったのか。今でも時々その時の鬼の形相を思い出す。その時の札が開封されないままになっていたのを昨日発見したのである。
自分も父親の亡くなる前年に勝手に引き継いだものの、私のお札も開封されないまま、まとめて置かれていた。変な話である。神社のお札はたくさんあるが、開封しないということはないのだが。
昨年まである政治家と、2/11に靖国神社の昇殿参拝をしていたが、今年も一人ではあるが、図らずも参拝することになった。父親の世代は、最も若い将校の世代で、特攻などでなくなった者が多数いた。
特攻第1号の関大尉という方がいるが、父親の同級生だと言っていた。学年でもトップクラスの秀才だったという。 「優秀な奴ほど先に死に、下らん奴ばかり生き残る」 と生前口にしていたことを思い出す。

