平成28年2月1日に川端康成に関して書いたものがある。

日本人としての使命 -川端康成の言葉から-

終戦を迎えた時の川端康成の心の行方をつづっている。

川端氏は夫人に、

「これからは、日本の教育が大変なことになるよ。占領軍はまず教育の形を変えさせて、日本をまったく変えてしまおうとするだろう」

と語ったという。

また昭和22年「雪国」と同じ年に「哀愁」という作品を書いているが、そこで、

「戦争中、殊に敗戦後、日本人には真の悲劇も不幸も感じる力がないといふ、私の前からの思ひは強くなつた。感じる力がないといふことは、感じられる本体がないといふことであらう。敗戦後の私は日本古来の悲しみのなかに帰つてゆくばかりである。私は戦後の世相なるもの、風俗なるものを信じない。現実なるものをあるひは信じない。」

とも書いている。

平成28年からおよそ10年が過ぎ、この国もようやく変わろうとしているように見える。

しかし、まだ「感じる力」が足りていると思えない。

「感じられる本体がない」という言葉は重い。

これがないと

「地球市民でいいじゃないか」

みたいなことを平気で言い始めるからである。

改めて氏の洞察力の鋭さには驚かされる。

三島由紀夫との関係の深さから見ても、氏の洞察力がその後の三島の歩みに少なからぬ影響があったのではないかとすら見える。

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