グローバリズムとかボーダーレスという概念は、現代以降の起こりとしては、マルクス主義が最も大きな影響力を持つものであろうと思う。
世界の搾取者である、王や資本家や権力者を排除して、労働者による世界的な連帯のもとに、労働者による世界政府的なものを構築する。
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インターナショナル(wiki)
プロレタリア国際主義に基づく労働者・労働運動・社会主義運動の国際諸組織の通称。
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一方で近代におけるグローバリズムとは、植民地帝国主義のことを意味する。
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グローバリズム(wiki)
「グローバリズム」という語は1991年以後に使われるようになったが、歴史的には何度も見られた傾向である。19世紀から1945年までの欧米列強による帝国主義・植民地主義もグローバリズムの一種であるが、3国以上の列強の勢力圏で閉じた経済活動を行うブロック経済であった。
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資本主義社会の中で発達したグローバリズムもある。これは、植民地帝国主義の変形版であり、マルクス主義解釈における帝国主義とも符合する。
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地球上を一つの共同体とみなし、世界の一体化(グローバリゼーション)を進める思想である[1][2]。現代では、多国籍企業が国境を越えて地球規模で経済活動を展開する行為や、自由貿易および市場主義経済を全地球上に拡大させる思想などを表す。訳して地球主義とも言われる。(wiki)
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多民族を自国に包含している国家、例えば、アメリカ合衆国、ロシア(旧ソ連を含む)、中華人民共和国、などの国家においては、自国内の社会がひとつの「世界」としての機能を有しているため、国民的気質として、自国=World=Globalという価値観を有しがちである。結果、自分達の国家的概念を拡大すること=グローバリズムとなる。
価値観や言語の違う人々が同じ国家の中で生活しかつ、そういう世界をまとめ上げるためには、多くの場合、政治的または軍事的、時には経済的強権が必要となる。従ってこれらの諸国は一様に政治軍事または経済的大国としての威力を発揮する必要が生じる。
これらの動きに反する「反グローバリズム」の動きがこれらの国以外で起こるのはある意味必然であろう。
一方で、ボーダーレスの進行は避けることができない。
インターネットの普及によって、情報、経済交流などが国境を越えて進行している。この流れを制御することはもはや不可能であろう。もっとも北朝鮮のように情報鎖国政策をとることも不可能ではないが。
多様性を包含し、人類社会の発展に貢献できる価値観が最も必要とされている。それは、大国主義、一つの概念で世界を統一するという思考ではないもの。
それは、西洋ユダヤキリスト教的概念からは出てこない、というか不可能であろう。
私は日本からしか出ようがないと考える。
日本人は自らの文明的価値観を見つめ新たなる世界の価値の付与に貢献すべきである。
全ての宗教的価値観のファームウエアとしての神道。私はこの概念を提唱していきたいと考え、研究中である。
https://ja.wikipedia.org/wiki/鎮守の森

