以下、香椎宮由緒書より
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この橿日宮に於いて、御神霊が皇后の御身を借りて御出現、御神勅を垂れ賜うのであります。
「故れ、天皇、筑紫詞志比宮(つくしのかしひのみや)に坐しまして、熊曾國を撃けたまわむとせし時に、天皇御琴を控かして、健内宿祢大臣沙庭に居て、神の命を請いまつりき。是に大后、歸神(かむがかり)して言教へ覚したまえらくは、『西の方に國有り。金銀を求めて、目の炎燿(かがやく)種々の珍宝其の國に多在るを、吾今其の國を歸せ賜はむ。』と詔りたまいき。」(古事記)
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の神示の言葉を読むと、旧約聖書を思い出す。ユダヤの民にもこのような言葉を持って、土地を与えると神から預言される。
しかし、預言を託された者はなかなかそれを実行しない。そうするといろいろな罰が与えられたりするが、ようやく目的を達成する。そういう話が多い。
さて、この神功皇后に降った神示を仲哀天皇は実行に移さない。
すると天皇は突如崩御してしまう。神の怒りを受けたのだという。
この話は、天皇という存在からして不名誉ではないか。祭祀王たる天皇が神の言葉を受け入れない、ということ自体由々しき問題であると言えるからだ。
この話を我々庶民のレベルにまで下げてストーリー化すれば、ダメ夫を妻が支え、その目的を果たすというお話である。
このことからみても仲哀天皇は実在であるといえるように思われる。
作り話でこのような不名誉を書き記す必要があるのだろうか。
(写真:仲哀天皇橿日宮蹟、武内宿祢屋敷跡と不老水の案内板)

