イザナミはカグツチを産んだことが原因で、出雲へ「隠れる」が、これはイザナミが出身地へと帰ったということなんだろう。病気か何かか。

「実家へ帰らせて頂きます」

とはイザナミが最初なのだろうか?

あるいはカグツチは、イザナギとの間に誕生した神ではなく、イザナギに合わせる顔がなくなって、実家へ帰ったものか。

イザナギ イザナミは淡路島と縁が深いが、徳島は中国四国地方を経由して熊野へと向かう近道「ショートカット」できる地域。

当時の大阪は海又は沼地であった。

淡路から和歌山へと向かうと、スサノオ由縁の神社があり、熊野もまた同様に出雲族と縁が深い。

和歌山にはスサノオの次男、イタケルを祭神とする神社、伊太祁曽神社(イタギソ)がある。朝鮮半島から戻ったのち、ここに暮らしたと言う。

熊野大社の元宮は和歌山ではなく島根である。

宮崎県の江田神社は出雲から戻ったイザナギが禊を行った場所と伝わっている。戻ったのだからイザナギの故地はこの地域であろう。

宮崎を北上し、大分から愛媛の佐田半島を伝って四国へと渡り、淡路へと向かうルートは、南九州から近畿地方へ入る最短ルートでもある。

イザナギの禊後に住吉三神、綿津見三神が誕生する。そして禊後に最後に誕生したのが、アマテラス、ツキヨミ、スサノオの三貴子。

これら九柱の母神が誰なのか。

しかし、泣き続けるスサノオにイザナギが理由を聞くと母の国が恋しいと。

激怒したイザナギはスサノオを出雲へ追放するが、これは母神の故地へ赴いたと見るべきか。

また、なぜイザナギは激怒したのか。

カグツチの御魂はスサノオに降りたのだと言う説がある。カグツチは、イザナギ イザナミの間に誕生した神なのか。再び疑問が湧いてくる。

そして、あるいは、スサノオの出雲追放とは、神武東征以前のスサノオ東征(北征)であったかもしれない。

半島を治めていた出雲族、半島には他の勢力もあって、大きな諍いがあったのだろう。

スサノオはここへ遣わせられたということもできる。

また、イザナミは朝鮮半島の白頭山にいた(降臨した)ことがあるという説が、ある書籍では書かれている。スサノオが半島へ渡ったのは母神のいる場所へ向かったからだとも言えるが何を意味するのか?

しかし、白頭山とは、随分遠い。今で言う北朝鮮と中華人民共和国との国境線に位置する山である。

イザナミとスサノオの母神は同祖であり、半島にも拠点があった出雲族出身であったのかもしれない。

白山神社の祭神である菊理媛神は、イザナギがイザナミを追って出雲に来た際、間を取り持つ比売神であるが、この神もまた半島に関わる神であると言われる。

イザナギは、まず泉守道者から、イザナミが言うに「一緒に帰ることはできない」と告げられ、菊理媛神からイザナミからの伝言を聞くと、感心し、日向へと戻ったと言うが、何に感心したのか。

また、イザナギが、スサノオの母の国を恋い慕う姿に激怒した理由とはなんだったのか。半島所縁のなにがしかに怒りを露わにする理由があったのかもしれない。

当時の朝鮮半島には、日本人の類縁種族又は出雲系の種族が日本列島から半島へ影響力があり、いくつかの国があった。

所謂三韓と言われる国々の種族なども今半島にいる大多数の朝鮮民族とは趣の異なった人々でありまた、当時の日本(大和政権)とも繋がりがあったことは朝鮮の古史からも伺える。

その後北方から、高句麗などの種族が南下して、次第に、原住の種族は半島から駆逐又は同化されていき、やがて民族的には今で言う中国東北部の種族に近づき、文明的には支那化していったものと思われる。

それはさておき、

イザナミが出雲所縁の神であり、イザナギがイザナミと離れたのちに誕生した九柱の母神もまた出雲に由縁の神々がいたようである。

江田神社のある宮崎市から鹿児島県にいたる地域は日向系の故地であり、少し南へ向かえば神武天皇生誕地がある。

イザナギ イザナミの時代から日向 出雲は深い婚姻関係があったものと考えて良いと思う。

みそぎはらへ 二九八一九

Exit mobile version