越中国一ノ宮射水神社は元は二上という地に鎮座していたが、前田氏が地域を支配するに及び、高岡城内に御神体を遷座した。

元宮は二上射水神社として今も残る。

この地域一帯は、二上山を囲むように古代において発展し、二上に近い伏木には国分寺や気多神社などがある。古代における越中の中心地と言える場所。

二上射水神社の本殿後方には二上山がある。

私は始め、近くにある気多神社の方が古く、射水神社は前田氏がこの地域に入って以降栄えたものと思った。

しかし、二上射水神社の祭礼の記述を見るとそうとも言えない。

当神社には古来臨時の祭壇を設けて天上から神霊をお迎えするという祭祀があった。

祭神は二上大神となっている。

恐らく元は二上山上で行われていた神霊降臨の祭祀が麓にある神社に移行したと思われる。

南方飛騨には位山、少し離れるが富士山もある。長野には皆神山がある。

富士山から東海にかけての地域には天上から神霊を降ろす、神霊降臨に関わる祭祀の匂いがする。

二上射水神社の築山神事。

境内の大杉の前に、幅約7.3m、奥行約5.4m、上下二段の祭壇を設ける。天上の神がここに降臨する。

例大祭の儀式が済むと、船形の神輿が巡航する。その後、築山(祭壇)の前と天の真名井と呼ばれる境内の池の跡の前で祝詞が奏上される。

儀式が終わると築山は素早く解体される。遅れると二上の神が荒れるのだという。

この祭祀の原型がいつから行われていたかは不明であるが、相当に古いのではないか。

二上とは二神。イザナギイザナミのことか。

高千穂峰も二上である。

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