高句麗が滅ぶと、王族が日本へ亡命する。

一行は太平洋岸を東へ向かい、神奈川県相模湾の大磯付近に上陸する。

この地でしばらく滞在したようである。

この地に今も由来の神社がある。

高来神社には後方に小高い山がある。

山頂には石積みの遺跡があるという。

以前は御堂があったようだ。

若光(じゃっこう)は高句麗の王子である

王子はその後、陸地を北上し、埼玉県高麗に到着した。埼玉県には新座市があるがここは新羅の渡来人が居住した場所であり、半島には所縁が深い。

高麗神社は若光をお祀りする神社である。

この度天皇陛下が私的にではあるが埼玉県の高麗神社を参拝された。歴代天皇としては初のことであるという。

日本人は、敵味方に関わらず鎮魂するという品性を備えた文明を持っている。

敵味方、勝者敗者いずれに関わらず、そこに報われぬ魂を見たならば手を合わせる。

キリスト教には犠牲的精神というものがある。キリスト教の犠牲的精神は異教徒にも向けられるものなのだろうか。

日本の鎮魂精神というものは、出雲大社造営に見られる通り敵味方勝者敗者の別なく必要とあらばこれを祀り、鎮魂する。

中国では敗者の死体を食するとか、墓を破壊し、粉砕し、死体を掘り起こして踏みつけたりする風習があるという。

彼らから見ると、敵が味方に、勝者が敗者の霊に祈りを捧げることは、「謝罪」していることであり、ぬかづいていることだと考えるのかもしれない。

日本人が靖國神社に参拝する姿を見ると、先霊に復讐を誓っているとか。そんな風に考えるのだと聞いたことがある。

みながみなそうだとは思えないが。

日本人はそのようなことはしない。

高句麗は百済を滅ぼしたが、百済は当時の日本が支援した。敵味方の関係である。

その国の亡命者の神社もある。そんな国があるだろうか。

敵だからこそ、鎮魂する。そうすることで双方のバランスが保たれる。

己の安定には、向き合うものも安定せねばならない。鎮魂とは御霊の安定であり、それは畢竟、その土地の神々のお喜びになることでもあり、それがその土地の安定にも繋がって行く。

敵味方勝者敗者に関わらずの鎮魂というのは、相手のためということ以前に、自らの安定を願えばこそのことである。

このような、非常に「高度な」祈りの手法というのは世界では決して多くはなく、誤解されることが多い。

あまりにも高尚な祈りの方法であるからである。

この度の陛下の高麗神社への祈りはこのような大御心によるものであると理解しなければならない。

高句麗とは今の北朝鮮あたりにあった国家である。

よものうみ みなはらからとおもうよに
などなみかぜの たちさわぐらん
(明治天皇御製)

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/高来神社

Exit mobile version