ある書物を読んでいたら、「思考」という言葉は、幕末明治期に英語、フランス語、ドイツ語などの書籍を翻訳するために造られた造語であり、「思う」「考える」を一緒くたにした言葉であると。

著者は、「思考」という言葉の意味を考えれば考えるほどよくわからない。理解できないと言う。

「思う」「考える」は子供でもわかるが、「思考」とは結局何なのか?と。

私の感覚では、「思考」という言葉は薄っぺらく、頭の表面の部分をなぞっているだけのような気がする。

「考える」「思う」という言葉の方が深みがある。

さらに、「思う」という言葉はさらに深みがある。そう「考え」られる。

日本人が真理をつかむためには、「思う」ということにのみ集中することが良い。

「思う」だけでは真理に到達しないが、「思う」ということの先に真理へつながる小さな穴が見え隠れして、その穴の先にある糸を伝って、時として「真理」がもたらされるのである。

「思考」からは真理は見えてこない。

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