三島という人間がいるならその真逆には俺がいるんだ!忘れるなよ!
最晩年の三島由紀夫に匕首(あいくち)をつきつけているような作品

三島由紀夫の最後期(豊穣の海の天人五衰のような)の世界観の中で最もダークな部分だけを極端にデフォルメしたような作品。その意味で永野さんは天才かもしれない。

三島は最終的な飛翔感を漂わせるが、永野さんの場合にはそれがない。

そのかわり三島には決してない醜悪な笑いがある。この部分では三島が逆立ちしても敵わない。

三島が決して表現することができない欠落点を永野さんは見事に表現している。背中合わせのようであって実は驚くほど三島の目の前にいるのが永野さんなのかもしれない。その意味で永野さんは三島が忌み嫌った「知識人たち」よりははるかに三島に近いところにいる。

永野さんには三島とは違い、最終的な飛翔がなく、というのかそのきっかけがないというか見いだせないというのかあるいはあるのかもしれないが、それを真正面から認めることを躊躇っているような世界観を感じる。

その一方で、仮に三島が現代まで生きながらえていたとしたら、このようなエンターテインメント作品を三島が作っていたとしてもなんら不思議ではないだろう。

そう考えると、三島由紀夫があの時代に自らの終止符を打ったというのはある意味正解だったのかもしれない。

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