山形秋田の県境にある鳥海山に鎮座まします鳥海山大物忌神社の祭神は、大物主なのだろうか。

饒速日は神武東征時の「大和国譲り」でその後どうなったのだろう。

徹底抗戦した長髄彦と共に東北へ逃れたのかもしれない。

饒速日は、「国譲り」の必要性を理解していた。

しかし、家臣の長髄彦は納得できない。

あたかも幕末の徳川慶喜と会津長岡の藩士の関係に似て。

いつの世もそうだ。

賢明なリーダーは己が利益を超越して時の流れを悟れるが、そこに従う者の心は治らない。

様々な土地にそういう人々の「思い」が今も残っている。

大物主が「忌中」である。

という意味での大物主忌神社ということか!

もう少し追ってみたいと思う

写真:鳥海山大物忌神社蕨岡口之宮・鳥海山大物忌神社吹浦口之宮

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