日本人はハワイの歴史についてしっかりと学ぶ必要がある。ハワイとフィリピンの歴史は日本人として義務教育で学ぶ必要があると私は思っている。

ハワイは元々の文明は日本文明と多くの共通性を持ち、その起源は沖縄と合わせ同一の文明根に基づくというのが私の持論である。

しかし近世以降のハワイの歴史は日本の歴史とは真逆に動いた。

ある書物を読んでいたら、ハワイのアメリカ併合までの歴史を書いていて非常に参考になった。

ハワイは日本のように鎖国政策は行わず、開放政策をとっていた。太平洋上の漁業船の休息地として世界中の船が停泊し活況を呈していたようである。

アメリカ合衆国が成立し、北米大陸の西岸にまで達した時、彼らの開拓者スピリットは海を越えてハワイへ達したのである。

アメリカ人移民としてハワイに最初に入ったのは宣教師である。ここで多くの人々をキリスト教化すると同時に、宣教師はサトウキビ農園を開始。

プランテーション農業であった。アメリカ大陸で黒人を使って大規模農園を経営したのと同じ手法である。

過酷な労働により、ハワイ人の死亡率が上昇すると同時に、少子化に向かい人口が減少し始めた。

その時、アメリカ人移民はハワイ人の労働環境改善は行わず、別の政策をとる。日本人移民の受け入れである。

三年の労働契約を行ったが、あまりに過酷な労働条件であることがわかり、明治政府は特使を派遣し現場視察すると同時に、契約の満了を待たずに帰国可能な旨を日本人移民に伝えた。

一方、アメリカ人移民はハワイの政治行政に進出し、憲法を制定させ、実権を握り始めた。

時のハワイ カラカウア王はこの時点でようやく重い腰を上げる。サモア島のマリエトア王と共同で日本政府に対し、連邦国家の樹立を提案することになった。

日本に訪れたカラカウア王は明治天皇に謁見し、日本とハワイとの連邦国家の樹立を提案し、その証として、カイウラニ王女と山階宮定麿親王との政略結婚を申し入れた。

「アメリカの属領になるならば、同じような人種文明圏で理解ができる日本と連邦国家を樹立したい。」

王はそのような旨を天皇に語った。

その際、今度は王からの提案として日本人移民の流入が契約された。これはアメリカ人移民に対抗するための措置としてであったろう。

明治政府は、アジアにおける西洋列強の圧迫に対抗している最中にさらにアメリカと太平洋上で直接利害衝突することを恐れ、この要請(連邦国家樹立)を断っている。

その後、ハワイでは現地ハワイ民とアメリカ人移民の衝突が激化。力を得たアメリカ人移民は、王に銃を突きつけて憲法の修正を強要した。

アメリカ人移民でハワイ王国の下院議員であった人物によって起草された修正憲法の内容は、富裕なアメリカ人移民と一部のハワイ人以外の参政権を奪うというもの。

カラカウア王死去後、リリウオカラニ女王は修正憲法(銃制憲法)の廃止を企画したが、アメリカ人移民がこれに対抗して蜂起。最終的に本国から海兵隊が上陸して占領してしまう。

今の米国が日本にここまでのことを行う可能性はないが、仮に米国ではなくても同じようなことを画策する諸外国はいるだろう。

歴史的にみて、島国は人間が穏やかで優しい。その分外敵に弱い。

フィリピンもそうだし、沖縄も同じである。

沖縄は本来自立すべきだろう。しかし、今自立したら瞬時に中国の手が入り実質併合ということになる可能性がある。

沖縄が日本と同じ文明圏にある以上、日本にとどまっているべきと私は確信している。

琉球神道と古代日本の祭祀形態は極めて類似している。柳田國男が「海上の道」と言ったように、私は日本のヒミコを中心とする祭祀文明は沖縄方面から北上してきたものと思っている。

それはさておき、ハワイの歴史は日本人に対して極めて重要な歴史的教訓を与えるのである。

(写真 リリウオカラニ女王)

Exit mobile version