「禁秘抄講義」を読む(7)で、上古において、神鏡に女装束を献上していた、という記述があった。

神鏡は天照大御神を象ったものであるが、天照は姫神であるから女装束だというのは当然である。

すると、ふと思うに、姫神が天皇家の御祖神であるから、天皇が男性を基本とするのは理に適っているのではないかと思った。

女性でも問題はないが、神様が姫神でお仕えする天皇も女性では男性の居場所がない。

これは天皇は男子を基本としてきたことの一つの説明にはなるだろう。しかし、だからと言って女性天皇を否定しているわけでは毛頭ない。

大嘗祭や新嘗祭において、新穀を天照大御神と共に食するという行事は、男女の対になっているという考え方もできる。このあたりについてはもう少し深く調べる必要があるだろう。

しかし、特に近年の皇位継承の問題に絡めてのことだが、男系男子を主としてきたことを女性蔑視だの、女性の血は汚いという間違った風習だの。どうしてそういう話になるのか。

御祖神が姫神だというに女性蔑視はあり得ない。

男性中心の天皇をもって、それを女性蔑視だなどという学者がいるに及んでは、本当に皇室のことについて勉強しているのかと思う。少し考えれば、誰でも気づくだろうというに。

戦後、いかに日本人あるいは学者連が自らの文明や歴史を無視してきたかの証拠でもあろう。

さて禁秘抄講義の本文、

「大刀契」(2)

鈴は驛鈴(えきれい)と言い、馬を発出する時に鳴らすなどし使用するものである。その制度は公式令に詳しい。

印とは、内印(御璽)で、三寸(約9cm)。天皇御璽という。

延喜式には、官吏の増減、驛傳(伝馬)を遣わすこと、兵器の出し入れ、断罪禁制などの勅書には、全てこの内印(天皇御璽)を使用する。

少納言なる人(天皇の近習の臣)の伝えるところによれば、鈴は、六角形又は八角形であり、非常に興趣深いものである。

職員令義解原抄などによれば、鈴印のことを担当するのは、少納言であるというので、禁秘抄中の少納言というのも、それを見たのであろうかと珍し気に書かれているのは、この時代には既に大宝律令や延喜式の制定された制度は、武家の時代ともなってもはや用をなさないものとなっていたのかもしれない。

《節刀の鑰(やく―鍵のこと)については、村上天皇は宝劔の帯取に付けて御身から離さずにいたと言われている。我が国において誠に至極の重宝物である》

古事談に藤原資平(平安中期)が「御劔の鞘に結びつけてあるものは何か」と問われ、これは節刀の唐櫃の御鑰でありましょうか。と奏上した一話を紹介している。

その頃には、諸国に戦乱があっても源平の武士達にこれを追討させ、大将軍が節刀を奉持して出征する事もなくなっていたので、節刀の鑰もただ古式のまま御太刀に結びつけられているばかりとなっていたのである。

(大刀契 了)

(写真:隱岐の驛鈴 附屯倉印 隠岐島誌より)

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