戦後体制を容認する、その「路線上」において、戦後日本の舵取りをするために誕生したのが、自民党であった。それはそれで少なくとも「昭和」が終了する頃までは良かった面もあるだろう。
今回の新型コロナウイルスの発生に伴う日本政府の対応を見る中で、自民党には、GHQが作り上げた、米国の保護国としての、戦後日本という、国家の在り方を変える力、本来の姿に戻す力のないことを知った。彼等は絶対にできないだろう。
徳川幕府にも新しい日本の在り方について正しい認識を持っていた人は多くいた。しかし、徳川幕府そのものが、明治維新政府の行ったような、新しい時代の流れ、すなわち「西洋列強」からの日本への侵略的脅威に対抗するための、新しいシステムを構築し運営することは不可能だっただろう。
それを知っていたのが徳川慶喜やその他の有能な幕府方の人士であるが、その一部は明治新体制の中において活躍した者もいたのである。
自民党も同じことだ。自民党という器の中では、新しい時代の流れに対して有効な手段を取りうるためのシステムを構築し運営することはできない。
徳川幕府も自民党も全く同じである。
このように自民党や現在の保守勢力を批判したからと言って、それでは、今度こそ野党勢力の出番ではないかと思う人がいるかもしれないが、とんでもない誤りである。
彼等は、自民党が運営してきた戦後日本の政権システムの中に寄生することで生きてきただけの存在である。彼等は所詮戦後日本というシステムの中における、今流行りの言い方をすれば「パラサイト」に過ぎない。
パラサイトが主役になることはあり得ない。
令和の初年において、このような事件が発生したことは、次の時代に日本はどこへ向かうべきなのかということに関する神々からの「警告」のような気もし始めているのである。
毎回のように重要な対談動画であるが、お話を聞いているうちに上記のようなことを改めて思ったので書いた。

