かつて東京の繁華の中心は浅草界隈だった。コロナ以前にこの地域も旅行客でかつての賑わいを取り戻していたが、そもそも浅草は昭和初期までは今でいう歌舞伎町であって、その賑わいは永遠の如く思われていたはずだ。
その落日が何のきっかけだったのかはわからないが、戦後のどさくさの中で歌舞伎町がより時代の要求に合致して発展したんだと思う。
戦前までは今でいう東京の東半分が中心地であってそれはある意味江戸時代からの継続性の中で発展したものと思う。
空襲の激化で街の大半が灰燼に帰したことで、手付かずの西側に人が集まったのではないだろうか。
戦前期に新宿とか渋谷とか池袋なんて今で言えば、大塚とか巣鴨くらいかあるいはそれ以下の街並みだったのではないか。田畑しかなかったかもしれない。
そんな歌舞伎町だが、コロナの震源地のような言われ方をしたことで、かつての賑わいは消えたようだ。
今月の初めに歌舞伎町を歩いたが、驚いたことに新宿プリンスは9月6日以降営業を停止した。
入口前を通りかかったが全てシャッターが降りていたのでついに閉店かと思ったが、営業休止という張り紙があった。
歌舞伎町に行くと感染の危険性があるのではと人は思うだろうが、そもそも人が少なく、キャバクラやホストクラブにでも行かない限りこの町で感染する可能性は、今やほとんどないだろう。
かつて大通り沿いに軒を連ねた、「Tax Free」のドラッグストアは大半が閉店している。
今後、コロナが終息しても、大企業や景気の良い、あるいは勢いのある中小企業が都心の繁華な場所にオフィスを構えて、社員全員の椅子をそこに確保するなどということは二度と起こらないような気がしている。
都心の繁華街にオフィスを持つとしても、会議だけできるようなシェアオフィスが中心になるだろう。
繁華街は居住エリアに近い場所に個別に発展する。分散型の繁華街。
それはそれで個性がでて面白い。
大規模なチェーン系の居酒屋は衰退するか地域主体のコンセプトに変換する必要が出てくるだろう。
新宿も渋谷もかつての勢いを失い、バブル以前のどことなく静かな雰囲気を兼ね備えた夜の街に変わっていくだろう。
(写真 昭和12年撮影の浅草)

