駅前の3年前にできたという観光向けの和風テイストの建造物の中にあるお店に入って食事をした。

デザインにうるさい人から見れば、これみよがしの建造物かもしれないが、銀山温泉の三階建の温泉旅館のようなテイストのもので悪くはないと思った。

日本国内の他の街でも建て替えするならこうして欲しい。

まあ正直なところ「インバウンド」をあてこんだ和風テイストなんだろうと言ってしまえば元も子もないが。

それでもないよりあったほうがまし。都心の商店街や駅前が建て替わる中で薄っぺらい「合理主義」の無文化な建造物が横行する中で、その方がマシとはいえないだろう。

建物内の店で少し酒を飲んで店員と話をした。

「やはり小田原はお城があるからなのか。こういう面白い建物を建てるんですね。やはりそういうものがあるなしではそこに住む人の感性も変わるのでは?」

「そうですね。でも逆にいうとここにはお城しかないw」

若い店員の軽い自虐発言で話は終わったものの。さらに「逆に」言えばお城があるだけでここまで街に文化的な香りが何某か継続するものなんだろうと。

そういうものが全くない街は、それはそれで歴史の重圧はないかもしれないが、そこにいる人間は、テレビメディアが語る民主主義とか人権とかSDGsとかLGBTQとかそういう薄っぺらい文言でまちづくりする以外の選択肢しかないだろう。

そんな街にはなんの魅力も思い入れも感じられないスカスカの世界でしかない。そこが行き着く果ては人心と社会の荒廃だけだろう。刹那的な薄っぺらい「自由」が一瞬あったとしても。

「たかが城だけ」

それだけでも人間社会の価値観やそこに住む人間の深みというものは意識しなくても醸成されるものだ。

Exit mobile version