手を緩めずに進んでゆく

心あるものは手を緩めずに進む。
前に進んで行けるところまで行く。

手を緩めた時が、魂の死だ。

そういうことに興味のない者に興味が湧かないのである。

適当に生きている時間はないし、そういう時代でもない。後悔のないように。

http://blog.livedoor.jp/soyokaze2009/archives/51863914.html

みそぎはらへ 二九十二十 新たな御代と神々の怒り

私と同じように日本中の神社を参拝して巡っている知人がいる。

その彼がしばしば感じることがあると言う。

「何か、神々の怒りを感じることがある。現代人に対して非常に怒っているんじゃないか。」

そうかもしれない。

今日ふと自分もそう感じた。

平成の御代もあと一年ほどで終わる。

元号が変わると時代が変わる。

これは明らかなことで、昭和から平成に変わった時もそうだった。

ソ連は崩壊し、ベルリンの壁も崩壊し、冷戦の時代が終結した。そして日本ではバブルが崩壊し、以降経済的に低迷すると言うことが起こった。

神様はいつも私たちを優しく見守ってくれている。

そう考えるのは人間の勝手な思い込み幻想に過ぎない。

そう言う時もあるが、それだけではない。

来年以降、そして元号が変わり、新しい御代になってゆくにつれて、何か厳しいことが起こるかもしれない。

ヘラヘラ生きる我々日本人が冷や水を浴びせられるようなことが起きるかもしれない。

時代は変わる。

明治 男性的
大正 女性的
昭和 男性的
平成 女性的

次の御代は男性的である。そういう男性的な厳しさとか過酷さのある時代になるだろう。

自覚なきノンポリ左翼 元号の価値すら知らぬ日本の若者

先日、ある男と話をしていた。30代の後半くらいか。

話は改元の話になった。

「元号とか使い勝手が悪くて混乱をきたすから廃止してもいいんじゃないですかね。退位で天皇が変わるのを機に考えてみるべきだ」

みたいなことをさらっと言う。別に彼は左翼でもなく、政治的信条があるわけでもない。

聞きはしなかったが、彼の政治信条を聞いたとしたら多分。

「まあどちらかと言えば、保守ですよ」

と言うだろう。

私から言わせれば、保守というか、もはやこういうのは日本人ではない。

というか、彼ら自身は自覚すらないが、もう日本人としてのアイデンティティーを喪失している。

元号なんかどうでもいい。西暦があればいいじゃないか。

そういう考え方が西洋文明に取り込まれることになっていることにすら気づかない。もちろん西暦は便宜的に使うわけだけれども。

こういう「人種」は、日本がアメリカの属国になろうが、中国の一部になろうが、朝鮮人に支配権を奪われようが何とも思わないだろう。

なぜなら、失うものが何もないからだ。

仮にこういう人間が、「右傾化」した場合、極端な排外主義、あるいはある種のヘイト主義みたいな形になる。そういう形でしか、自分が日本人であるという自覚を得ることができないからである。

最近の日本人によるモンゴル人力士叩き。こういう卑屈さも、アイデンティティーが確立していない人間が自国愛にこだわると起きる現象の一例である。

自国に確たる文明が存在しない地域や民族、国家はこういう形でしか自己認識できない。日本人はそうではないのだが、戦後の教育の影響であろう。日本人にもそういう連中が増えていると私は思っている。

ネトウヨとか言われる連中のかなりの部分がこういう類だと私は思っている。ネトウヨにならなければ、ネイチャリストみたいになるんだろうけど。そういうのは団塊の世代などに多い。

ネイチャリストにも文明観が喪失している場合が多い。こういう場合もどの国に占領されようが支配されようが乗っ取られようが関係ない、という感覚になる可能性が高いだろう。

私のことをネット右翼だと思っている人がいるかもしれないが、全く違う。

私から見れば、ネット右翼の大半はアイデンティティーを喪失した「歪んだ愛国者」であり、私は排外主義ではないから。

排外主義の話をしようと思ったわけではない。

今の若者のかなりの部分が「ノンポリ左翼」だという話である。こういう人間がこの国にどんどん増えてゆけば、この国が誰に支配されようが、天皇や元号がなくなろうが、日本文明が消えてなくなろうが、何も感じないんだろう。

そう思うと多少暗澹とするが、教育とは恐ろしいものだと改めて思う。

三島由紀夫が遺書的文書「果たし得ていない約束―私の中の二十五年」の中で予言したように、

「私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行つたら「日本」はなくなつてしまうのではないかといふ感を日ましに深くする。日本はなくなつて、その代はりに、無機的な、からつぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであらう。それでもいいと思つてゐる人たちと、私は口をきく気にもなれなくなつてゐるのである。」

この予言はもはや実現しているが、しかし「完全実現」させてはならない。

日本人であることはどういうことか。

こういうことを天皇陛下の譲位を機に多くの日本人が考えることが必要だ。

みそぎはらへ 二九十二四 対馬 多久頭魂神社 対馬天道信仰の霊場

天道信仰は、言葉自体は中国から来たものらしく、人の運命は天地によって決められているという運命論的な思想だったが、日本に入り太陽信仰や山岳信仰と習合して独自のものになったようだ。

山形県の天童市が発祥とも言われているが、地域によって意味あいが異なっている。

対馬の天道信仰は、母子信仰、山岳信仰が習合したもので、母神を山麓に祀り、子神を山上に祀る信仰。本来対馬には、太陽光が女性の陰部に差し込み受胎し子を産むという神話があったという。

マリアの受胎のようでもあるが、太陽神が人間に受胎して子を産むという、ある種の天孫降臨神話に近いものだろう。

また壱岐対馬には壱岐が月神、対馬が日神であるという考え方も存在しているようで、壱岐のいくつもの神社の鳥居に日月のシンボルを見ることができる。

通常は、母神が山上、子神が山麓。という感じで捉えがちだが、子神が山上というのは、太陽神の魂が女性に宿ったからということであろうと思われる。

多久頭魂神社は、そのような対馬固有の信仰による神社で、本来は社殿はなく、天道山(竜良山)を御神体とした神社で、江戸期は密教、修験と習合していた。オリジナルの祭神は多久頭魂神(たくづだま)である。

この神社は、車で行かないと行けない山深いというか、非常に人里から縁遠い場所にある。近隣に畑が見えるが、人家あるいは集落まではかなりの距離がある。

日本の原風景を思わせる神社で山の尾根のような場所の森の中にいくつもの鳥居が立ち並び、三つほどの社殿が段々に鎮座している。

神域というに相応しい秘所を感じさせる空間である。

この神社は島の南端に近い場所にあるが、北端にも天神多久頭魂神社がある。私はこの神社には行けなかったが、写真を見るとかなり雰囲気のある場所で、こちらの神社は磐座のみで社殿はないようである。

ネットで写真を見たのだが、ここは行きたかった。以下に写真のリンクを掲載しておく。

https://goo.gl/images/B2DSmP

掲載している写真は全て、島南端の多久頭魂神社より。一番最後の写真のみ壱岐一ノ宮天手長男神社鳥居にあった日月のシンボル。

みそぎはらへ 二九十二一 壱岐 瀬戸浦 龍蛇神神社

この祠は、壱岐護国神社の鎮座する瀬戸浦にある。護国神社は岬の小高い山の上にあり、龍蛇神神社はその下の波打際の岩の上に鎮座している。

瀬戸浦は元寇 弘安の役の激戦地。壱岐の防衛にあたった少弐氏他将兵はこの地で討死した。

その魂を鎮めるように
御霊の苦しみを海風が吹き流すように
ここは清々しい