秘密情報保護法について論議がある。

もしかしたら、言論の自由を侵すものかもしれない。我々一般市民の言動の自由が侵されるものかもしれない。それは重大な問題である。しかし、この法案の真意の明瞭な意図を私は知らない。

反対派は、戦前の日本の軍国主義の時代に戻る、と盛んに警鐘を鳴らす。

しかし、戦前の日本とは何だろう。戦前の日本は今の北朝鮮のような国だったのか?

もし、私が秘密情報保護法案に反対するのであれば、必ずこう言うだろう。

中華人民共和国や、朝鮮民主主義人民共和国やかつてのソ連のように情報統制され、言論の自由が封殺される社会に日本がなっても良いであろうか? と。

我々現代人にとっては、中国や北朝鮮やかつてのソ連(現代のロシアでもそうだが)のような自由に発言することができず、場合によっては、命の危険すら伴うような言論統制社会になる、と言われたほうがはるかに分かりやすいし、脅威に感じるはずである。

しかし、調べた限り反対派がこれらの言論統制国家を引き合いに出すことは少ないようだ。googleで、「秘密情報保護法案」「中国」「北朝鮮」などと検索しても反対派の文章は少なく、「秘密情報保護法案」「戦前」と検索すると多くの反対派の文章が出てくることでも明らかである。

この意味において、当法案反対運動の大元(アジテイター)たる人間に対する疑念が生じる。

反対運動に参加する多くの人々は相変わらず善良な国民、市民であろう。

しかし、この運動を動かす大元の関係者は、かなり怪しい人物である可能性がある。外国の意向に沿って、これまで日本国内で多くの活動をしてきた人物にとって極めて都合の悪い法案である可能性が強いことを彼等は知っているからかもしれない。

善良な市民が外国のスパイのような人物(本人にその自覚がない場合も含む)の方棒を担ぐようなことがあっては、あまりにも悲劇的であろう。歴史はいつもそんなものかもしれないが、、、。

最後に最近知人から聞いたある話をここで掲載しておこう。

その人物は、日本で出版されている書籍の中国語版を出版することに携わっていた。今流行りの成功哲学的な、あるいは自己啓発的な書籍である。

日本版には、著者の顔写真が大きく掲載されていた。背景の美しさもあり、とても魅力的な写真である。担当者は同じように中国語版でもこの写真を書籍のカバーに使用しようとした。しかし、NGだったのである。

中国では、書籍のカバーに人間の顔写真を掲載することは、ご法度であるという。何がしかのリーダーのような印象を与えることは禁物とされているのだという。

もし、秘密情報保護法案がこんなテイストの統制社会を作り出すものであれば、私も全力で反対派の運動に参加するであろう。右であろうと左であろうと何であろうと、正しいものは正しい、おかしいものはおかしい。そういう判断で人は動くべきであると自分は思っている。

しかし、彼等の言うところは、意味不明で時代錯誤な「戦前の復活」という警鐘なのである。

何のリアリティーもないし、奇妙という他はない。戦前という言葉を出すくらいなら、現代のアメリカ社会を引き合いに出したほうがはるかにマシであるし、知的でもある。

ちなみに、私は当法案に賛成しているわけではない。

何かの運動なりが起こった時、その運動の大元の人間は誰なのか、そして、その人間がどういう背景と意図を持っているのかを調べ、それに同意できるならば、賛意を表するべきであろう。

表面的な善悪の感情で、そうだそうだと動いてはいけない。

ただでさえ、日本人はお人好しなんだから。
私は多くの人々にこう言いたいのである。

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