リヒャルトゾルゲは、ソ連のスパイだが、ナチス党員として日本で諜報活動を行なった。

ゾルゲと日本国内で気脈を通じていたのが、朝日新聞の尾崎秀実。彼は近衛内閣のブレーンであった。

こういう構図はいまでも存在する。

ソ連のスパイがナチス党員となり、そういう人物と気脈を通じた人物が首相のブレーンとなる。

こういうことがあると認識することだ。

表面だけ見ていると誤る。

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ゾルゲ事件(ゾルゲじけん)は、リヒャルト・ゾルゲを頂点とするソ連のスパイ組織が日本国内で諜報活動および謀略活動を行っていたとして、1941年9月から1942年4月にかけて[1]その構成員が逮捕された事件。この組織の中には、近衛内閣のブレーンとして日中戦争を推進した元朝日新聞記者の尾崎秀実もいた。

リヒャルトゾルゲ
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/リヒャルト・ゾルゲ

尾崎秀実
尾崎 秀実(おざき ほつみ、1901年(明治34年)4月29日 – 1944年(昭和19年)11月7日)は日本の評論家・ジャーナリスト・共産主義者。朝日新聞社記者、内閣嘱託、満鉄調査部嘱託職員を務める。

近衛文麿政権のブレーンとして、政界・言論界に重要な地位を占め、軍部とも独自の関係を持ち、日中戦争(支那事変)から太平洋戦争(大東亜戦争)開戦直前まで政治の最上層部・中枢と接触し国政に影響を与えた。

共産主義者[1]、革命家としてリヒャルト・ゾルゲが主導するソビエト連邦の諜報組織「ゾルゲ諜報団」に参加し、スパイとして活動し、最終的にゾルゲ事件として1941年発覚し、首謀者の1人として裁判を経て死刑に処された。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/尾崎秀実

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/ゾルゲ事件

(写真:尾崎秀実 wiki)

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