人類の価値意識が変換するということはどういうプロセスをたどるのだろうか。

仮想通貨なんて実体がないじゃないかという。そんなものに金が流れて価値が暴騰するなんてバブル以外の何物でもない。

世間はそう言う。

しかし実体とは何か?
貨幣は実体なのか?

貨幣も紙幣もただの金属のクズであり紙屑だ。

しかし人がそこに価値を見出しているから価値が生まれる。

金(ゴールド)はどうだろう?

金(ゴールド)も同じ、人がそこに価値を見なければ鉄屑と同じである。ただの金属に過ぎない。
それがなんなのか?

今仮想通貨に莫大な金が流れ込んでいる。

それは、既存の価値に対抗するためには既存のもの以上に物理的なバランスが流れ込まなければ、莫大な量の価値意識の「実体」が流れ込まなければ価値の変換は起こらない。

それがこれから起ころうとしているに過ぎない。

私は別に仮想通貨礼賛をするつもりはない。

要するに価値観の転換ということはこういうプロセスをたどるものだということを見ていきたいのである。

金融の話だけじゃない。全ての価値観の転換というものにはこのようなプロセスがあるのだということを。

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