江戸初期の富士山信仰(富士講)中興の祖であるという。

庶民の苦しみを救おうと富士山中の石室で活仏となったという。この墓には分骨された遺骨が岩中に収められているそうである。

富士講とは江戸市中の寺社に小富士を築き霊峰富士の霊験に預かろうという信仰で、今も時折神社や寺の境内にその岩山を見ることができる。

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