社会不安の克服

戦後の日本の政治システムは、ごく分かりやすくと言うと、以下のようなものだ。

1米国政府
2米軍
3日本政府
これを日本の行政機構にあてはめると、
1中央政府―国会(米国政府)
2自治体―県(米軍)
3自治体―市区町村(日本政府) そして、この仕組みを担保するのが日本国憲法。

米国が安定してれば自動的に日本は安泰だ。

だから、与野党もグルで、なあなあで利権を分かち合い、村の寄り合いレベルで身の回りのことだけやってれば問題なかった。そもそも市区町村のリーダーが天下国家を論じたところでどうなるものでもない。

こういうあり方とやり方が身に染みている政治家はしだいに存在価値を失うことになるだろう。単なる調整型の政治では混乱の時代に国家の運営は難しい。

そもそも米国がこれからどうなるかも分からない。

こういうことを言うと、

「だったら中国とやっていこう」

などと言う政治家も同類というかそれ以下である。そういう発想がダメなんだという話。

混乱の時代は社会が不安定化するが、こういう時代には新しい価値観や制度、さまざまな発明などが起こりやすい時期でもある。そして庶民はどんな時代でも楽しみを見出し生み出す力があるはずだ。

しかし、日本人として、人として、魂に柱となるものを見出しているものにとっては、どんな立場であれ、どのような時代に生きていても恐れることは少ない。

柱のない者は、社会が不安定になるとおどおどして不安感や絶望に踊らされる。
古代からの日本人の魂の営みに心を向ける時である。

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