ロシアのウクライナ侵攻の根源にあるのは、NATOの東側への進出にあるというのが有力な見解になっている。NATOはソ連への脅威から成立した軍事同盟だが、一方、それに対するワルシャワ条約機構はソ連崩壊後解消されている。

なぜNATOが存続し続けるのか、という話が時折されるが、ロシアの脅威ということだろうか。しかし、NATOがなければ今回のウクライナ侵攻はなかっただろう。

ゼレンスキーはソロスなどとの関係が言われているが、NATOへの加盟を強く主張していた。NATOサイドは及び腰であったけれど。もしウクライナがNATOに加盟していれば今回のような侵攻時にNATOは参戦の義務が生じる。そういう危険を恐れて加盟には積極的ではないというのがもっぱらの話であるが。

日本が戦前に朝鮮半島を併合した経緯と、今回のロシアのウクライナ侵攻の背景にあるものには多くの共通点がある。ただし、朝鮮併合は軍事侵攻して朝鮮を占領し、強制的に併合したわけではないので、多少事情は違うが。

当時のソ連共産主義南下の脅威、西洋列強のアジア侵略の脅威などからの防衛線をはるために自立したアジア圏の確立を意図した。

満州地域へは、日露戦争の勝利によって獲得した南満州鉄道の権益に由来して同地域への影響圏の拡大から満州国の成立にいたる。

満州国が共産圏拡大の防波堤になっていれば、支那は共産化しなかった確率が高く、それ以降のさまざまなアジアの不安定要素は解消されていたかもしれない。

では、今回のロシアのウクライナ侵攻にも同じようなファクターがあるのだろうか。ロシア圏という一つの価値意識が彼らの中にあるとするならばそれの保持という側面はあるだろう。しかし、ウクライナが徹底抗戦を始めた段階でその意義はあやふやにもなっている。

先日聞いた話だが、大東亜戦争後の東京裁判において、主席検察官のキーナンは、被告の日本人にこう問いただしたという。

「なぜ満州国だけで満足しなかったのか」

当時の連合国側の見解においても、満州国の成立までは、国際的見地からして罪に問う要素はない、と彼らが判断していたことが分かる。満州国まで悪いと言い出したのは戦後日本の学者がそういう話を始めたことが原因で、それ以降メディアや左翼がこれを喧伝しはじめた背景があるようだ。

さて、ウクライナ全土への侵攻というのは誰も予想していなかったようだが、彼は正常な判断力を失ったのではないかという説もある。現状を見ると、これでは彼の敵側の思う壺だとも言える。いまだ最終的な結論が出ているわけではないが。

最後に笑うのは誰か?
あるいは今一番笑っているのは誰か?

という意識が国際社会を見る上では常に必要である。

今回の侵攻への決断には、ロシアの存亡に関わる重大な問題が背後にあるのかもしれない。しかし、敵対する国際金融資本のように、「目に見えない」形で利権や地域を掌握する手法は現代戦においては軍事進攻よりも得策であることが今回の事件で明らかになったとも言える。

個人的にはその方がはるかに恐ろしいものに感じている。近年の中共の世界進出も同様だ。

ウクライナ人とロシア人の関わり方というのも我々にはよくわからない部分があるが、ロシア軍人はウクライナ人との戦争にはあまり積極的にはなれず士気は低いという説もある。一方、西側の報道だけでは分からないが、ウクライナ側は戦意が高揚しているようにも見える。

いずれにしても戦っている者達と巻き込まれている人々はみな不幸であることに変わりない。

朝鮮戦争、ベトナム侵攻、米国のイラク侵攻、ソ連のアフガン侵攻、米国のアフガン侵攻(駐留)など、事情はそれぞれ少し違うが同じような事例は他にも数多くある。

それとの違いということを考えるとあまり思い浮かばないが、今回の「国際社会」の怨嗟の大きさというのは、何かこれまでとは違う感覚がしている。それがどういうファクターによるものなのか。何か意図的なものか。

群集心理というのは戦争よりも恐ろしい。暗くて陰惨な側面がある。

今後、ロシア人あるいはウクライナ人への迫害が起こりそうな気がしている。島国の日本人には想像もできないようなユーラシア人の迫害史が再び繰り返されるのだろうか。

ユーラシア大陸がなければ、地球は平和になるだろう。世界の不安定要素の大半はこの大陸にある。

「ユーラシア大陸の憂鬱」である。

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