2005年公開。主人公(ニコラスケイジ)は、ウクライナ系アメリカ人、あるいはユダヤ系ウクライナ人の米国人あるいは、ユダヤ系を装ったウクライナ系米国人である。
ユダヤ系を装った方が商売がしやすい的なセリフがあるので実際はユダヤ系ではないかもしれない。あることがきっかけで武器商人になることを決意する。
「この商売は掃除機を販売する営業と同じだ。救世軍を除くあらゆる軍に武器を売りさばく。イスラエル製をムスリムに。ソ連製をファシストに。ソ連と交戦中のアフガンにも売った。10大戦闘地の8か所で私が売った銃が使われた。」
という台詞がある。実に象徴的。現在のウクライナ戦争と何ら変わらない。
2005年の時点で2014年以降現代にいたるまでのウクライナ情勢の実相をさらりと描いている。しかも主人公が「ウクライナ系アメリカ人(ユダヤ系かもしれない)」とは何とも象徴的である。
ソ連崩壊後のシーンがあるが、この時ウクライナが武器売買でいかに腐敗していたかもよく表現されている。この国の腐敗体質は今にいたるまで変わらないとみていいだろう。1999年にエリティンが辞任し後任にプーチンを指名したが、エリティンの在任期間ロシアは自らの資産の大半を欧米資本家に乗っ取られ国民は極貧にあえぎ平均寿命が10年も縮んだ。それを立て直したのがプーチンであることも今では周知の事実。
「ソ連崩壊後320億ドルの武器がウクライナから消えた。20世紀最大の窃盗だ。」
映画ではそのような主人公のナレーションが流れるが、皮肉なことに今その「武器」がウクライナへ逆流している。
「和平交渉?予定通り戦争しろよ!」主人公は電話で叫ぶ。
映画中主要な武器売却先は、アフリカだがこの映画におけるアフリカの状況と、現在のウクライナの状況は完全に重なる。
主人公は終盤、米国捜査官に武器密輸の嫌疑により逮捕され罪を追求される。しかしそこで主人公は言う。
「いくらでも俺を極悪人の大量虐殺者だと罵倒するがいい。君の気持はよくわかる。しかしもうすぐ勲章をいくつもつけた君の上司がやってきて君の手柄を称賛し昇進を約束するだろう。そして次に私の釈放を命令するだろう。なぜなら、最大の武器商人は君の最大のボス、合衆国大統領だからだ。私は委託されたフリーランサーに過ぎない。」
主人公は妻も子も親族も失いながら元の仕事へ戻ってゆく。
「生き残る秘訣は戦争に行かないこと。特に自分からは、、。」が最後の台詞。
この映画は実話に基づいているとするテロップで終わる。
この映画で表現されていない重要な問題がひとつある。
少なくとも、現代の「戦争」はどのようにして起こされるのか。誰が起こさせているのかということだ。しかし、この作品は名作である。

