と言って世論に散々叩かれた「平成の色男」と名乗られた人がいたけれど。

最近は芸能人が浮気すると人殺しでもしかたのように「世論」がぶったたくが、日常やっていてヒットするドラマは「浮気」のドラマばかり。

このドラマも大ヒット中だ。少し前には「昼顔」なんていうドラマも流行ったけれど。

昔、欧州の女性と親しくなって話をしていた時、

「日本のドラマは浮気のドラマばかりだ」

と言っていたのを思い出す。

そんなに浮気が好きなら、芸能人が浮気したら、お祭り騒ぎで楽しんだらいいのに。

浮気してぶったたくカルチャーは間違いなく、米国由来であろう。

日本人は、本来おおらかだが、その上に「米国流占領教育」が被さっているから、戦後社会は閉塞感やストレス社会と言われるようになっているように思う。

本来の日本社会は今のような奇妙なストレス社会ではなかった。

浮気が良いとか悪いとかの話をするつもりはさらさらない。人それぞれの「環境」「価値観」「世界観」「個人の歴史」「事情や状況」によってさまざまな意見があるだろう。

本当に悲劇的な話もあるだろうし、笑い話で終わるような話もある。しかし、それを十把一絡げに「悪」場合によっては「極悪」と断じて、厳しく罰する。異論は許さない。それがユダヤキリスト教的な「禁忌」の世界であろう。

昨年くらいから、今度はLGBTQがどうとか。

こういうカルチャーは、キリスト教原理主義が強い米国的な「ゆがんだ社会」構造の反映に過ぎないにもかかわらず、それを馬鹿みなたいに「珍重」する低能政治家や官僚やそれをサポートする「米国帰り」のアホ知識人。

そのアホな「知識人」は米国カルチャーの奴隷であり、日本の歴史も文化も何一つ知識がないながら、

「日本は遅れている」

とかなんとか。遅れているのはお前の「脳みそ」であり、西洋社会だろうと。私はそのようにしか感じないのだが。

さらに重要なことはそれで彼らの社会は理想的な幸福な社会になっており、我々が模範とすべきものになっているのだろうかという話。実態は「真逆」である。

もともと、日本のカルチャーは同性愛とかそんなことには、キリスト教文明圏のような「禁忌」はない。

もういい加減気づいたらどうなのかと思うが、気づくことができないほど、大衆は「痴呆化」させられてしまっている。

自らの文明や価値観を知らない者は「百戦」危ういのである。

写真:「あなたがしてくれなくても」Tverより

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