ほんの数日前に李克強氏のことについて書いた。

そのすぐ後にこのような事件が起きたということに自身驚いている。

以前から、彼の発言に注目していた。

『国内6億人は平均年収が20万円の極貧に喘いでいる。これを何とかしなければならない。』

『支那(china)』という大陸社会においてその全体の最大幸福ということの実現は、この数千年間、縁のないことであり、彼の真摯な発言は、ある種『自滅的』なほどの善意と誠実を感じた。まるで現代の孔子のように。

彼が本質的にどういう人間なのかについての知識は私にはないが、このような発言を、「あのような社会で」公に発言する勇気というのはこの大陸社会の中では突出していたと私は感じた。

彼のような人物が国家運営の主軸となっていけば、孔子以来の「中華思想」の実現に多少なりとも近づいたかもしれない。

しかし、そのかすかな希望はこの支那大陸から『再び』消失した。

恐らく今後中国(共産党政権)はさらに衰退し、場合によっては政権の崩壊にいたるか、そうならない場合には、政権の主役達は、四六時中国内の治安を、非情な強権で維持することだけで手一杯となり、海外進出など遠い話になるだろう。

そういう意味で、我々日本人には幸運時なのかもしれない。とはいえ、やけくその支配者が自分の地位を維持するために国内の憎悪を海外に向けるため、『日本』という安易な選択肢に行き着く可能性は決して低いとは言えない。

しかし、いずれにしても中国(支那)大陸というのは近年、世界の中心になると噂されながら、結局なりえない、そのようなファクターは現代の彼らには何もないということを今回の「事件」は重ね重ね証明することになったと言えるだろう。

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