私はどういうわけか日本武尊に御縁がある。特に思い入れがあるわけではないのだが。これは一種の宿命か。

私が生まれたのは、名古屋市熱田区白鳥町というところで、熱田神宮から歩いて数分の場所。白鳥町には日本武尊の陵墓とも言われる白鳥古墳がある。

その後愛知県岡崎市宇頭山の神という場所へ。最近知ったのだが、自分が住んでいた場所から数分のところに和志山古墳があり、これは日本武尊の弟、五十狭城入彦命の陵墓と言われている。

その後、名古屋市名東区一社というところに引っ越したが、地名の由来を見ると、武内宿禰と関係があるらしい。宿禰は日本武尊の父、景行天皇と由縁深い方。

『「社」という名は、一説に「矢白」に由来するといいます。伝説によると、景行天皇25年この地を訪れたタケウチノスクネが、水不足による荒田を悲しみ、白鷹の矢を人々に与え、彼らがそれを祠に祀ったところ、水がわき出し、その後祠は矢白神社になり、中世に矢白を「社」に改めたと伝えられています。また、一説には、当地の氏神に、矢尻と薙刀の刀身を御神体として祀っていたのが「矢尻」が転訛して「社」になったといいます。』

その後、両親が神奈川県逗子市に引っ越したが、横須賀市走水の走水神社が近い。ここは日本武尊東征の折、三浦から房総へ渡海の際、海が荒れており、それを鎮めるために妻の弟橘媛が海水に身を投じた伝説の場所。この他三浦半島には葉山にも吾妻神社(日本武尊が弟橘媛を思いつつ逗留したという伝説がある。)など日本武尊に由縁の深い場所だ。

その後、経堂、逗子、池尻大橋、など転々としたが、逗子以外の土地の日本武尊と関わる由縁は定かならず。

次は湯島。ここには吾妻神社があり、今では落ちぶれた神社だが、日本武尊に因んだ古社で、江戸時代までは相当栄えたという。日本武尊東征中か後にこの場所に逗留し、亡き弟橘媛を偲んだ場所だという。

その後麻布台に10年ほど。この場所と日本武尊との由縁は定かならず。

その後横須賀市。このは前述の通り。

今は東大前付近にいるが、ここにある根津神社は日本武尊創建と言われており、また自宅から数分のところにも、かつて白鳥神社という神社があったという石碑がある。これも日本武尊に因んだ神社だ。

別に選んでいるわけではない。後から気付けばというもの。人生には理解不能な不思議というものがある。
自分がこうして神道に傾倒するのも宿命なのかもしれない。

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