つくづく高市早苗という人は運命の人だ。あらかじめ決められた日程を進んでいるだけだが全てが運命的なタイミングで起こる。
開戦以降トランプと面会している主要国の首脳はまだ誰もいない。この面会が再び時代の大きな転換点になるだろう。
三島由紀夫の「春の雪」という作品の中に以下のような一節がある。
「一つの時代の様式の中に住んでいるとき、誰もその様式をとおしてでなくては物をみることができないんだ。・・・しかし、様式の中に住んでいる人間には、その様式が決して見えないんだ。だから俺たちも何かの様式に包み込まれているにちがいないんだよ。金魚が金魚鉢の中に住んでいることを知らないように。・・・貴様は感情の世界だけに生きている。・・・貴様自身も自分の感情に忠実に生きていると思っているだろう。しかし貴様の個性を証明できるものは何もない。同時代人の証言はひとつもあてにならない。もしかすると貴様の感情の世界そのものが、時代の様式の一番純粋な形をあらわしているのかもしれないんだ。、、、でも、それを証明するものも亦ひとつもない。・・・じゃ何が証明するんだ。・・・時だよ。時だけだよ。」
さらにこう続く。
「歴史は一度でも人間の意志とおりに動いただろうか。・・・歴史に意志があるかね。歴史の擬人化はいつも危険だよ。・・・歴史には意志がなく、俺の意志とは又全く関係がない。だから何の意志からも生れでたわけではないそういう結果は、決して「成就」とは言えないんだ。それが証拠に、歴史のみせかけの成就は、次の瞬間からもう崩壊しはじめている。・・・意志が歴史に関わるということはほとんど不可能だし、ただ「関わろうとする」だけなんだ。それが又、あらゆる意志にかかわる宿命なのだ。」
この一節を目にした時、三島由紀夫という人はこれまで自分が思っていた以上の人だと感じた。
このような考え方は、世界を見るうえで最も知的な視点の一つだ。
こういう視点のある人間は歴史の帰趨に一喜一憂することはないだろう。


