欧州を散策していた頃、どの国に行っても中国人がいる。中国料理屋があることに多少の驚きを感じた。
欧州では、チャイナ、キナ、キナイなどの他、chinaの派生語的な呼び名である。
シナも同じだ。しかし、日本人が言うのは差別用語だと言う。非常におかしいと感じていた。戦前まではシナと呼ぶことが通例であった。
そもそも彼等は周辺諸国を野蛮な国だと言って、多くを蔑称で呼んできたにもかかわらず。倭という字も蔑称という説がある。(いや、蔑称だ、とも言う)
中国と我々が呼ぶことは、彼等を中華の国(世界の中心のもっとも優れた国)であることを認めていることと同じようなものだ。
冊封体制の中にいることを自ら認めているようなものかもしれない。
いままで何となく中国と呼んできたが、従って、これからはできるだけ支那(シナ)と呼ぶことにしようと思う。
パソコンにおける支那の漢字変換がリスト上に出てこないことも不愉快である。
これもまた、支那の字を使いづらい理由にもなっている。
余談だが、朝鮮というのも、当時のシナの王朝から与えられた称号であるが、これは蔑称ではない。
wikiによれば、秦(シン)が語源だといいう。だとすれば別に蔑称を含んではいない。
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支那という言葉の語源は諸説あるが、明朝時代末期にこの地域にいたイタリア人イエズス会宣教師衛匡国(Martino Martini)による著作”Nuvus Atlas Sinensis”では、中原初の統一王朝秦(拼音: Qín, 梵語: Thin・Chin, ギリシャ語・ラテン語:Sinae)に由来するとされる。
衛匡国によれば、この秦の呼称が周辺諸国に伝わったが、現在のインドで転訛してシナになったとしている。これが一般的な通説とされるが、戦前の日本の地理学者の藤田元春などは反対説を主張している。その諸説によると交易品であった絹糸に由来するもの、民族名である「チャン族」あるいは、「インドから見て辺鄙で遠いところ」との意からきたともいう。
なお、このシナの発音が西洋に伝わり英語の”China”フランス語の”Chine”などの語源ともなったといわれている。紀元2世紀前後にはインドで中国を指して「チーナ・スターナ”China staana”」と呼んでいた。
この表記について徐作生は、1995年に雲南省西部の都市「支那城」に由来するという説を発表している[5]。インド側からポルトガルでは大航海時代から現代まで一貫してChinaとよぶ。ギリシャ、ラテン圏では国名、地域名は女性形になることが多く、秦の国名はシーナとなる。

