琉球王朝の系譜と大和王朝の系譜は同一あるいは同祖であろう。

琉球王朝の始祖は天孫氏であるという。

私が研究を進めている「天孫民族六千年史の研究」によれば天孫種族は鹿児島県笠狭に上陸したとある。 天孫邇邇芸命に始まる我が皇室の歴史は、今日に至るが、琉球ではその後中華思想、即ち易姓革命の思想が流入した。

琉球神道記によれば、 天より男女二人が下界し、男をシマリキユ、女をアマミキユと言った。二人から三子が生まれ、それぞれ「主の始」「祝(ノロ)の始」「土民の始」になった という。日本神話との類似性がある。

日本神話では、イザナギが、「筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原(檍原)」で禊を行なうと様々な神が生まれ、最後にアマテラス(天照大神)・ツクヨミ(月夜見尊月読命)・スサノオ(建素戔嗚尊速)の三貴子が生まれた。イザナギは三貴子にそれぞれ高天原・夜・海原の統治を委任した。

ということになっている。

イザナギは多くの神を産むが、決定的なのはこの三神であろう。

以下はwikiからの転用。

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天孫氏(てんそんし)は、『中山世鑑』や『中山世譜』などの琉球の歴史書に登場する、琉球最初の王統とされる氏族。

『中山世鑑』によれば、天帝が阿摩美久(あまみく)という神を下界に遣わし、琉球の島々を創らせた。しかしまだそれらの島々には人間が住んでいなかったので、阿摩美久は天帝に人の種子を乞い、天帝はこの願いを聞き入れて自らの御子の男女を降臨させ、二人から三男二女の子が生まれた。

長男は天孫氏の始祖、次男は諸侯の始祖、三男は百姓の始祖、長女は君々(高級神女)の始祖、次女はノロ(地方神女)の始祖となったとされる。天孫氏は25代続き、17802年間統治したという。25代目のときに、利勇という家臣に滅ぼされた。 その後、利勇を滅ぼして国を立て直したのが舜天といわれている。

天孫氏王統は一般には神話的王統と見なされている。天孫氏の伝承に関して、羽地朝秀は袋中『琉球神道記』(1605年成立、1648年刊)に拠ったのであろうと指摘されている。『琉球神道記』によれば、天より男女二人が下界し、男をシマリキユ、女をアマミキユと言った。二人から三子が生まれ、それぞれ「主の始」「祝(ノロ)の始」「土民の始」になったとされ、『中山世鑑』と類似の神話が語られている。

(写真: 伊奘諾 伊弉冉 wiki) 天瓊を以て滄海を探るの図(小林永濯・画、明治時代) 右がイザナギ、左がイザナミ。二人は天の橋に立っており、矛で混沌をかき混ぜて島(日本)を作っているところ

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