「味」と「沁み」だけでできているような作品

「君の名は」を見たと知人に話したら「この世界の片隅に」の方が良かったと言っていた映画好きの人がいたという話を聞いた。

また、Facebook上でも同じような意見があったのを思い出した。

何だか居ても立っても居られない気持ちで朝早い時間に鑑賞することにした。

大東亜戦争に関わる様々なストーリーや映像は、自分の体内にもう充分に「宿っていて」、外から、あの戦争に関する思い、のようなものを受け取る気持ちが失せていたが、とりあえず鑑賞する必要があると感じたのだ。

味わい深い。心に沁みる。

これだけで出来ているような作品である。

そして、とても哀しく、温かい。

よくこんな作品が作れたものと思った。

能年玲奈が主人公の女の子の声をしているが、彼女の声が物凄く良い。彼女の声がなかったらこれほど味わい深い作品になっていなかったと思う。

広島市内に住む、まだ十九歳の主人公は自分の意志とは関係なく呉市のとある家にお嫁に出される。

そこでのとてつもなく平凡で静かな生活。ささやかな毎日の彩りの中で、主人公の「小さな心」の囁きが切なく響き渡る。

川端康成は、戦後、

「もう私はこの国の美しさと哀しみしか描こうとは思わない」

と語ったがその言葉を思い出した。

終戦間際の度重なる空襲で大切なものを失って行く主人公。八月十五日の心からの叫び、悲しみ、怒り。

その全てが観る者の心に切なく沁み渡る。

「君の名は」はこれからの日本を思う気持ちに働きかけ。この作品は、この国が失ってしまったものに思いを馳せることに働きかける。全く質が異なるがどちらも優れた作品である。

私の父親が他界する数年前、私にこういう話をしたことがあった。この映画を観終わってそれを思い出した。

「今の時代は、本当に乱世だ。人間の心が非常に荒んでいる。お前らは戦前の方が、戦争中の方が、この国の人間の心が荒んでいたと思うかもしれんが、全く違う。あの頃の方がずっと人の心はおだやかで、みな純粋だった。みな大きな心をもって暮らしていた。戦争に負けてこの国はすっかり変わってしまったよ。」

と静かに囁いたことを思い出した。

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