日本を二分する勢力図を歴史上の出来事から見て行くと、近いところから、

戦技政治の確執(吉田ー鳩山、岸ー田中、保守ー左翼など)
幕末維新(幕府方ー薩長)
関ヶ原
応仁の乱
南北朝
源平の争乱
物部蘇我
出雲日向連合ー三輪
日向ー出雲
天津神ー国津神

こういう歴史の転換点が存在する。

そして、それぞれの事件は、過去に起きた何らかの事件を、何らかの形で引き継いでいる。重層的にである。

日本における様々な確執や問題には必ずこれらの問題が関わっている。個人的な問題にいたるまで。災害とか殺人事件のようなもにも関係する場合がある。しかし、多くの人々はそのことに気づいてはいない。

しかし、日本はこのような歴史の転換点を、敗者への鎮魂と、場合によっては国譲りという方法で乗り切ってきた。出雲国譲りと出雲大社の造営がその起点であろう。こうして大難をしのぎ、平和を保った。

幕末の大政奉還もまた国譲りの形式である。

そして、このような仕組みを受け継ぎ、その「統括者」として存在する天皇。祈る存在としての天皇。東日本大震災でもその在り方を国民に示された。

それにより、神々の世界を国土に織り成す。

世界史にはこのような手法は少なく、敗者は「全否定」され歴史的に抹殺される。

勝者が敗者のための追悼施設を作り、祈りを捧げるなどという手法は世界でも極めて稀である。

西洋人や中国人などには「判官贔屓」という考え方は理解されないだろう。

日本という国土とそこに暮らす民とが平和で発展を続け、世界的に見ても人心が荒れなかった大きな理由はここにある。

かくしてそのような「手法」を忘れつつある今日の日本人達。この国が平和と発展を失いつつあるとしたらその理由の一つにはこれがあるだろう。

我々は「神々の復興」を目指さなければならない。それは世界の安定にも繋がって行くだろう。

日本文明の結界を崩してはならない。

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/出雲大社

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