気を感じ場を共有する

鎌倉時代に成立した武家の心得と諸法をまとめた武家諸法度の第一条は、神々を敬うことについて記している。

神は人の敬ひによってその威を増し
人は神の徳によって運を添ふ

個人が神々と交わるということは、まず

場を感じ、気を交わし、器を作る

ということが肝要である。

場を感じるとは、そこにある場の空気を体感するということであり、例えば神社などへ行き、神気の色合いというものを体に記憶するということだ。

そして気を交わすということは、その神気を体入するということになる。

器を作るということは、神気を体入できる心身の状態を得ることだ。

己を真空とする。受け入れるということは、自らの器を空にするということで、コップの中身に水が溢れていては、そこに入り込む隙間がない。

しかし、真空とするのは容易ではない。

人は思いや欲が次から次へと沸き起きるからである。

簡易なところから考えて行く必要がある。

とりあえず、何も考えないということだ。

完全な受け入れの体制にするということ。

集中力のある人間には突破力があるが、そういう人にはこのような機会を得やすいかもしれない。

ずっと同じことを考えるということは、ずっと何も考えないということができるのかもしれない、ということである。

無心の人というのもある。そういう人が宿り木とばることもある。

寝ている時は、何も考えていない、ということと同義の状態とも言える。大きなヒントになる。

朝起きた直後は交わす力が大きく、夜になるとまたそのような機会がある。

みそぎはらへ 二九八十六

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