日本古代の天皇は基本的に第二子がなることになっていたようだが、第一子は何かというと祭祀を司った。

古代において、統治王たる天皇と祭祀王は別であり、ヒミコとは古代祭祀王(女王)の総称だという。

竹内氏の書によれば、男子が祭祀王になると国が乱れたという。俗に言う「倭国の大乱」とはこの時期のことをいう。

それ以前は女性が祭祀王となったが、一時男子がなり世が乱れたので再び女性がなると世の中は鎮まったという。

琉球神道は、聞得大君という祭祀の最高位を女性のノロ(神女)が担う。琉球王は男子である。

このように祭祀王と統治王が別々に存在し、古代においては女性が主に祭祀を司るという関係性は日本と琉球において類似している。

ある時期を境にして支那からの文化が多く流入した関係で、あたかも沖縄はどちらかというと支那文明に近いかのごとくに考える傾向があるが完全な間違いである。

おそらく、日向系種族は沖縄方面の南洋経路で鹿児島県の薩摩半島南端に到着した。

これは戦前から現代に至るまで多くの人が論じている。

オオワタツミ神は、九州から台湾までを影響圏に収めていたという。

今沖縄問題が激しいが、このような日本と沖縄との文明的に緊密なつながりを全く論じないで、いたずらな感情論を繰り出すのは危険であり、「敵の思うツボ」になると私は思う。

大和人も琉球人も少し冷静に考えなければならない。

沖縄の古代王族を天孫氏という。

天孫氏について

以下、「聞得大君」に関するwikiの説明抜粋

聞得大君は琉球王国最高位の権力者である国王のおなり神に位置づけられ、国王と王国全土を霊的に守護するものとされた。そのため、主に王族の女性が任命されている。琉球全土の祝女の頂点に立つ存在であり、命令権限を持った。ただし祝女の任命権は国王に一任されていた。また、琉球最高の御嶽である斎場御嶽を掌管し、首里城内にあった十御嶽の儀式を司った。

(動画 沖縄最高の霊地とされる斎場御嶽)

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