結局西洋の男女平等という価値意識を金科玉条のごとく無自覚に受け入れて、全てにそれを適用して、そうじゃないと遅れているとか、なんとかいう考え方の連中が主流だと思う。

私は男女は平等だとは思わない。平等なはずがない。違う。全く違う考え方を持ち価値意識や行動原理で生きている存在である。だからこそ互いの尊厳や敬意を持てるのである。

それを否定して全部同じだというのは真理に照らして論理的に破綻している。しかし男女にかかわらず能力に応じた機会を適切に与えられるというのは重要なことである。

本来、西洋人はキリスト教の神学的な見地から神のもとの平等という立場から平等について語り始めた。その考えがいつのまにか暴走し飛躍しているのが現代社会の現状だと思う。

西洋人がなぜ神のもとにおける平等を説いたかといえば、彼らの神は一つしかないからである。

多神教文明である日本人には本来平等という価値意識自体がそぐわないのである。

しかし日本人には根本的にその経緯が理解できないのであろう。

女系天皇を容認する以上日本の古来からの伝統歴史や知恵、価値意識に照らして、その上でそれを容認すべきだと思うが、そういう人間が皆無であるということ。

この板に反論してきた人がいる。女系天皇を否定するのは時代遅れで、世界に向けて恥ずかしいんだと。

彼のいう「世界」とは「白人」のことだとしか私には思えないのだが。

日本人自身が日本人としての価値意識や、絶対に譲ってはならない信念や核のようなものが、戦後、喪失しているためにこういうことが起こるのだと思う。

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