日本人は「宗教的」な呪縛で社会化された社会に生きている民族ではない

人間にとって重要なのは「正しさ」ではない

正しさではなく、より大きな俯瞰知のようなものだと思う。

犬はうんこを食べるが人間はなぜうんこを食べないのか。

それは耐えられないからだろう。

人間社会は善悪の観念で社会性を保っているが、実際は、

「うんこを食べたくはない」

という意識が社会性や倫理観を醸成する。

重要なのは善悪ではなく、

「いや、そんなみっともないことはできない」
「いや、そんなバカバカしいことはできない」
「いや、そんなレベルの低いことはできない」

という意識の醸成ではないだろうか?

宗教というのは意識の訓練のようなものだ。

しきたりではない。宗教としきたりが一体化した社会というのは、前文明的な社会の有り様だと私は思うのだか。

日本人であれば詳しく自分の価値基準の源泉を辿ればわかるはず。日本人は「宗教的」な呪縛で社会化された社会に生きている民族ではないからである。

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