「アマテラス解体新書」なる書籍を偶然書店で発見した。

日本の主として海人族とされる古代氏族の起源をシュメール(スメル)に求めた話は、大三島神社禰宜三島敦雄氏が戦前(昭和2年)に「天孫人種六千年史の研究」で著している。これについては2016年に投稿した。この「埋もれた」書籍他、戦前のGHQ焚書系図書数冊を偶然神保町の古書店で発見した。その数年後に復刻版が出た。私が紹介したからかもしれない。

「アマテラス解体新書」ではそれらの国内の文献や主として海外での中東地域及び、ユダヤ、キリスト、オリエント文明に関する文献や知見をベースにこの説を深堀りしている。

「シュメール」という表記は戦後改められたもので、戦前は「スメル」と表記されるのが一般的だったようだ。「アマテラス解体新書」を見ると「スメル」のほうが実際の発音に近いようだ。

スメル=スメラミコト。戦後GHQが「スメル」表記を禁止し、学者が「シュメール」表記に改め(させられ)たという。三島敦雄氏が主宰した研究会の名称も日本スメル学会という。

私はいわゆる「ユダヤ人」が古代日本にやってきて日本文明に大きな影響を与えた。という考え方に対しては多少の異論がある。ユダヤ人の祖とされるアブラハムはシュメールの中心都市ウルにいた。シュメールは多神教文明で複数の都市国家の集合体のような国家を形成しており、都市ごとに主神があった。

アブラハムの宗教と言われるユダヤ・キリスト・イスラム教は根源的にはシュメールの都市神の「カルト化」したものだと考えている。またユダヤ人もアラブ人もシュメール国家を形成した複数の民族の血脈を引いており、一神教成立以前はシュメール文明を継承していた。

アブラハム起源の民族は、出身の地域神を唯一神として先鋭化することで自らのアイデンティティーを確立した。ユダヤ人の場合は国を失ったり、国を追われたりする仮定で民族を糾合する象徴として唯一神を設定する必要があっただろう。

日本へ渡来した海人族他古代有力氏族の多くはオリエント文明を継承した民族や氏族によって構成されており、日本国内の複数地域に神社を建立した。日本の神道文化がユダヤ文化に類似するところが多いのは起源が同じだからであり、日本にユダヤ教が入ってきて神道の中核を形成したり習合したわけではないだろう。

唯一秦氏は景教徒だったかもしれないが、秦氏の渡来はこれらの渡来の歴史の中で最後期にあたる。

とはいえ、日本文明とユダヤ文明は文明の血脈は繋がっているので「同祖」と言っても過言ではないだろう。

「アマテラス解体新書」では「読み方」とそれを裏付けするいくつかの歴史的符合を元に話が進む。

平安時代の日本語の読みは現代とはかなり違っており、例えば、

平安時代、藤原不比等は「プディパラのプティトゥ」に近い発音だったと著者は言う。江戸時代に長崎の船が東北で座礁し、海岸で現地の人と接触した際、お互い全く言葉が通じないので外国人が攻めてきたと大騒ぎになったという話があるが、平安時代ならなおのこと現代の読みと違っているのは当然だろう。

「日本海大海戦」という東宝の少し古い映画があるが、そこで軍艦の乗組員がロシアの艦名をみんなで覚えるシーンがある。

『「クニャージ・スヴォーロフ」?。ロシアの船の名前は覚えにくいな!「くにおやじすわろう=故郷おやじ座ろう」でどうだ?』
「ははは!そりゃいいや!」

みたいなシーンがある。海外でも呼び名は地域によってかわるが、近年記憶に新しいところでは、ウクライナのキエフが「政治的事情」でキーウに改められた。考えてみれば、ロシア語とウクライナ語の違いは関西弁と関東弁の違いくらいしかないだろうが、土地が広大なだけ、違いも大きくなるだろう。

日本の事情と海外の事情、時代の違いなどを考慮しながら、読み方の類似性を追っていくのがこの書籍の面白みの一つでもある。
この書の説によれば、「倭」というのはシュメールの中心都市「ウル」と同意だという。一瞬笑ってしまうが、ウルというのは日本語読みでもとの読み方をより正確に近づけると「ウゥ」に近いという。

ウルの近域には、「タカアマ」と「ハラ」という地名があり、これが高天原の語源であるとか、シリア付近に古代「ヤマアド(ヤムハット)」(大和)、「ウガリット(ウガヤ)」「ヒッタイト(ハッティー・ハタ)=秦」などの呼び名の国があったという話も出てくる。これらについては過去にも同じ説があったはずだ。

著者の説によれば、旧約聖書で書かれた歴史を名称などから証明するよりも日本神話や神社で語られている話などに出てくる名称やストーリーを中東地域における名称やストーリーと比較して、比定する方がはるかに簡単だとすら思われるようだ。

日本の歴史とは少し離れるが、モーセをアクエンアテンと同一人物に比定している話は、興味深い。海外では知られた説かもしれないが日本では聖書の史実云々に関して語られることが少ないので貴重な資料を提供してくれていると思う。

アクエンアテンは「唯一神教」を世界史上初めて唱え国教としたエジプト第18王朝末期の王だが、第18王朝初代の王の名は「アモーセ」と言い、意訳するとモーセの兄という意味だという。アクエンアテンの唱えた急進的な一神教政策は多くの抵抗と反感にあってアクエンアテン死後、町ごと徹底的に破壊され、関係者も全てエジプトから追放されたといわれるが、これを聖書中の「出エジプト」にあてている。18王朝はその子ツタンカーメンによって以前の多神教に復興されるが、彼をもって18王朝は滅びる。

史実として「ユダヤ人」「イスラエル人」というアイデンティティーが形成されていることが証明できるのはこの後の時代になってからで、旧約におけるダビデ王くらいまでの歴史はいまだに考古学的には全く証明されておらず、この説をとったとしても違和感はない。

ユダヤ人もアラブ人も共にアブラハムの子孫であり血脈は繋がっている。また、海外ではエジプト王朝の中にも、名前から後代のユダヤ人とされる氏族が王朝に参画していたと考えられるという説もあるようだ。

この本とは関係ないが、グルジェフは、ユダヤ教の儀式の起源についてこのように語っている。

「ユダヤ教の儀式はユダヤ人によるものと考えられているが、ユダヤの儀式と全く同じものが、エジプトにも存在しており、エジプトが起源である。」

話を日本に戻すが、メソポタニア・オリエント周辺地域での諸民族の攻防の中で敗れた者達が複数回にわたり、複数の経路で日本に辿り着き、国家形成や文明の形成に影響した。

この書籍では、エジプト第18王朝を形成した一部の部族や闘争に敗れたヤマアド王国の残党などが、東へ移動し、中国で殷・周を建国。滅亡後日本に渡来したという説をとっている。

周王朝を始めた王族の名は「姫」というが、これを神武系の起源の一つだとしている。「姫」族に関しては日本国内でも複数の学者や研究者が言及している。著者は「ウエツフミ」「宮下文書」などの文献と周時代の歴史の一致を説いている。

この書籍の内容全てが納得できるわけではないが、さまざま説を糾合しつつ他では知られない説も盛り込んで興味深い記述にあふれていることは間違いない。

通俗的な学説を支持する人にとっては「トンデモ本」なのかもしれないが、私はそうは思わない。

一方、この書籍は非常に誤字脱字が多く著者の確認が行われていないのではないかと思われるが、早めに修正してしっかりとしたものにして欲しい。

「天孫人種六千年史の研究」と内容的な違いもあるが、その続編的なものとして、国内外の諸説を纏めて新しい歴史観を提示した意義は大きい。著者はロンドン大学LSE卒で英語堪能であり、海外の聖書関連の諸説を渉猟できる強みを生かした快作でもある。

なお、「天孫人種六千年史の研究」における古代諸氏族の分類は以下、

天孫人種
 スメル族 古代バビロニア人並中世以降海国を建設せるもの、
 普通海国人をも総称してセミチック・バビロニアンといふ
 セミチック・バビロニアン族 中世以降スメル・アッカドの総称
 にて、其一族はスメル・セミッド族の混血人
倭人派/前出雲派
 前印度モン・クメール族
後出雲派
 朝鮮ツングース族

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